さいっこうのプレゼント

 いつもみたいに、玲奈とお弁当を食べているときだった。


「ねえ、ねむちゃん」

「なに?」


 玲奈がお弁当箱をしまったあと、鞄から別のものを取り出した。

 かわいくラッピングされたプレゼント?


「ねむちゃんに、この子を受け取ってほしいの!」

「えっ……」


 玲奈はラッピングが傷付かないようにプレゼントを開け、その中から白猫のぬいぐるみを取り出した。


 れ、玲奈からのプレゼント!?


「ね、ねむの誕生日はまだだよ……?」

「知ってるよ。でも、プレゼントっていつしてもいいものだよね?」


 そう言って玲奈はふわりと笑う。

 たしかに……プレゼントはいつ貰っても嬉しい。


 それが玲奈のものともなれば、なおさらだ。


「いいの……? こんなかわいい子貰っちゃって……!」

「ねむちゃんにはいつもお世話になってるから、そのお礼だよ」


 こんないいこと、ねむに起こっちゃっていいの!?

 日頃の行いクソカスなのに!


「あと、ねむちゃんにはその子を、ずっと持っててほしいの。その子はケパセラぬいぐるみっていう、スワジランドのお守りで……ずっといっしょにいてあげると、ねむちゃんを幸せにしてくれるのよ!」


「そうなんだ……じゃあ、この子、大切に持ち歩くね!」


 スワジランドがどこなのかさっぱりわかんないけど、玲奈からのお守りだ。

 この命に代えても大切にしよう。


「あっ、移動してるときとかはいいんだけど……どこかの場所にとどまるときにはこの子を外に出してあげて。ずっと鞄の中にいると、窮屈でねむちゃんのことを幸せにできなくなっちゃうから」


「わかった!」


 けっこう生き物扱いしないとダメなタイプのぬいぐるみなんだな……。

 こんなお守り、はじめてみた。


 もしかしたら特別なぬいぐるみなのかもしれない。

 そんないいものを玲奈から貰えるなんて……もう幸せじゃん!


「ありがとう玲奈! さいっこうのプレゼントだよ!」

「ふふっ……どういたしまして……」



「相談したいことってなに~? モリカーで舐めプしてほしいとか?」

「そういうのじゃないから!」


 カフェに呼び出された彩乃は、開口一番メスガキみたいなことを言ってきた。

 一度も負けてないからって調子に乗りやがって……!


 きょうという日に佳奈がどれだけ覚悟決めてきたと思ってるんだ!?


「そういうのじゃなくて……真面目な話なの」

「……そうなんだ。佳奈、なにかあったの……?」


 彩乃は佳奈の覚悟を察したのか、表情を真剣なものに変える。

 佳奈はしばらく深呼吸をしてから、彩乃に言った。


「……彩乃に、もう一回絵を描き始めてほしいの」

「な、なんで……!?」


 言い終わった瞬間、彩乃は目を見開いて動揺した。

 まあ、絵のないふたりでいた期間も長かっただろうし、驚きもするか。


 でも、それももう終わりだ。

 佳奈は、今までの佳奈じゃない。


 きょうも、彩乃に絵を描いてほしいって頼むのは自分がするって、佳奈が言ったんだから。


 それから佳奈はぽつりと語り出した。

 絵をまた始めたことと、もう一度自分を信じてみることを。


「彩乃がどんな想いで絵をやめたのかはわかってる。でもやっぱり……彩乃には続けてほしい。私はもう折れないし、もっと彩乃の絵が見てみたいから」


「そっか……」


 彩乃は染み入るように呟くと、静かに微笑んで言った。


「わかった。また描いてみるよ」

「……ありがとう。彩乃」


 ふたりはぎゅっと手を取り合って、お互いの存在を確かめあうように見つめ合った。


 ……もしかしてきょう、ねむいらなかった?

 まあいいか。


 これで、佳奈のメンタルバキバキ作戦が成立する。

 それから、絵を取り戻したふたりはしょっちゅう描いた絵をねむに見せてくるようになった。


 佳奈はもともと結構上手かったし、彩乃はブランクがあるのにも関わらず才能を見せつけてきた。


 出会ったときよりも、ふたりが生き生きしてた。

 最初の頃は。


 一ヶ月くらい経ったのかな。

 ふたりはめきめきと成長していた。


 そう、ふたりが。

 佳奈は彩乃に追い付こうと、めいっぱい頑張ってた。


 でも彩乃は、そんな佳奈を突き放すように……進化していた。

 佳奈のぐしゃぐしゃのページが増えて、それを察した彩乃はだんだんと描くペースが落ちていった。


 だんだん、佳奈の絵が心といっしょに欠けていった。


「ねえ……ちょっと休んだほうがいいよ。佳奈」

「……駄目。だって私、折れないって言ったんだもん……」


 佳奈はまた描いていたスケッチを塗りつぶす。

 あーあ、見てらんない。


「……佳奈、もう頑張んなくていいよ」

「なんで? 私もっと頑張らないと駄目じゃん。どう見てもさ」


「ねむはそうじゃないと思うな。だって、ねむ最近は彩乃の絵より佳奈の絵の方が好きだもん。彩乃にはこんなこと言えないけどね」


「……なぐさめなくていいよ」

「なぐさめとかじゃなくて、本当にそう思ってるんだよ? ねむ、絵のこととかわかんないけど……この前送ってくれた絵とか、そこに絵描かれてる人の物語がちゃんと見えてくるっていうかさ……」


 それからねむは絵のことがわからないなりに佳奈の絵を褒めた。

 彩乃の絵に勝ってるかどうかはさておき、欠ける前の佳奈の絵は本当にいいなって思えるようなものになってたから。


「絵って勝ち負けとか、優劣が決まるものじゃないじゃん。誰かから見れば普通の絵でも、別の誰かが見たら感動して泣いちゃう。そういうのが芸術でしょ?」


「佳奈の絵は、ねむの心に残ってる。だから、無理しないで。佳奈はもう、自分を削らなくてもいいものを生み出せるんだよ?」


「ねむちゃん……」


 佳奈は目を潤ませて、ねむに抱き着いた。


「私……わたし……っ」

「頑張ったね、佳奈」


 これからも頑張ろうね♡





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