ぜんぶ上手かった

 佳奈と知り合ってから、一ヶ月くらいが経って。

 意外にもこいつはガードの固い女ということがわかった。


 彼女さんとの仲はめっちゃ深いらしくて、遊びに誘ってもデートだから行けない、なんてこともけっこうあった。


 それでも、人妻だって友達と遊ぶときはある。

 ちゃんと佳奈はねむに構ってくれた。


 おかげで仲はよくなった気がする。

 遊んでるときふつーに楽しそうだったし。


 ちなみに連れていった場所の中で一番喜んでくれたのはひみこ軒だった。

 お腹空いたから適当な定食でも食べようと思って入ったら、ごはんがおかわり自由だったんだよね。


 それ聞いたら佳奈がめっちゃ喜んで……自動でごはんをよそってくれる機械が過労死するくらいもりもり食べてた。


 何回でもおかわりするから、どこまでいけるか見ているのは楽しかった。

 あの量のごはんはどこに行ったんだろう。


 まあ、そんな感じで友達してたんだけど。

 一度も、佳奈が絵の話をすることはなかった。


 なんでなんだろう。

 あそこまで熱中できるんなら、一回くらいは話してもおかしくないはず。


 もしかして、やめちゃったのかな。

 ああいう趣味って、折れるときはぽっきり折れちゃうし。


 それでも平気ならいいけど、最初に会ったときのあの感じからすると……ちょっと心配かも。


 しかも、きょうは――。


「ねえ佳奈、話したいことって……」

「そ、それはね……」


 佳奈のお家にお邪魔して、話を聞くことになっている。


 部屋はダークブラウン系の家具で統一されていて、落ち着く雰囲気だ。

 よく見ると、机の上にたくさんの色鉛筆と、クロッキー帳が何冊か置いてあった。


 絵を描くのをやめたわけじゃないみたい。


「……私、ずっとねむちゃんを騙してたことがあるの」

「えっ? な、なに?」


 まさか本当は彼女いないとか?

 勘弁してくれよ!? ねむの一ヶ月の成果が友達できただけになっちゃうじゃん!


 内心びくびくしながらも、何を言われるのかと身構える。


「私が絵を辞めたのは、成績が落ちちゃったからじゃないの。私、絵の才能ないって思って……それで辞めちゃったんだ」


「そ、そうなの?」


 え? それだけ?

 なんだよ。びっくりさせやがって。


 あーあ。身構えて損した~!


「うん。私の彼女、私なんかよりもずっと絵が上手くてさ……才能の差をどんどん見せ付けられて、それで折れちゃったの。情けないよね。そんなことで辞めちゃうなんて」


「……まあ、そういうこともあるんじゃないの? 自分より上の人が近くにいるって、辛いもんだし」


 ねむは玲奈しかいなかったけどね。

 あの子より顔がいい子はいない。絶対。


 嫉妬するのもおこがましいレベルだ。

 そういう意味では、ねむは幸せだったのかもしれない。


 佳奈みたいな苦しみを抱えずにすんだから。


「ありがとう。ねむちゃんは優しいね。でもそれで嘘をつき続けるのは、ねむちゃんにも、絵にも向き合えてないって思ったの。だから、ごめんなさい」


「別にいいっていいって! ねむだって見栄張ることくらいあるし。それに、あんま初対面で暗い話してもじゃん? あの話し方でちょうどよかったと思うな~?」


「……ありがとう」


 佳奈は真面目だなぁ。


 たぶん、頑張って絵を描いているあいだに罪悪感が佳奈に積もっていったんだろう。


 それだけ、絵を描くことに本気な証拠だと思う。

 女ポイ捨てしてるねむとは大違いだ。いや、ねむだって本気なんだけどね?


「そういえば、今も絵を描いてるってことだよね? よかったら見せてよ」

「うん! まだ練習中だけど……」


 そう言って佳奈が見せてきた絵は、ぜんぶ上手かった。

 これで才能ないって言うんなら、ねむはなんなんだよ。


 特に上手いなって思ったのが、女の子が青空を見上げている絵。

 新海マコの映画みたいな、爽やかな感じだった。


「いや上手すぎでしょ。これとか部屋に飾りたいし。もうプロになれるんじゃないの~?」

「そんな……私なんてまだまだだよ……!」


 佳奈はぽりぽりと頭をかく。

 いいぞ~! どんどん調子に乗っちゃえ!


 いくらでもおだててやるからさぁ!


 まあ、しずこちゃんのバイオリンみたいな部類じゃなくて普通に褒められる部類の趣味でよかった。


「私、ちょっとトイレ行ってこようかな。漫画とか見てていいよ」

「ありがと。いってらっしゃい」


 部屋から佳奈が出ていくのを見送る。

 佳奈の日記とかエロ本探すチャンスだ!


 戻ってくる前に急いで見つけないと!

 ああいうのは大体目立たないところにあるんだよね。


 ごそごそと佳奈の本棚の奥を漁っていると。


「ん……?」


 一枚の紙が、本の隙間からはらりと落ちた。

 なにこれ……絵?


 それは、木々に囲まれた湖の絵だった。

 水面に木々が反射して、湖を翠に染め上げている。


 その染まり方があまりにも綺麗で、自然の息遣いが聞こえてくるような気がした。


「なに……これ……」


 語彙力を失ってしまうくらいには、惹きこまれる絵だった。


「お待たせ……あれ、ねむちゃん――それは」

「この絵って、佳奈が描いたの!?」


 戻ってきた佳奈に聞くと、佳奈は目を伏せて言った。 


「……違うよ。それは、彼女が描いたの」


 ……やらかした。

 絵の情熱を取り戻したばかりの佳奈に、聞いていいことじゃなかった。


「そうなんだ。彼女さん、すごいね」

「……うん。すごいよね」


 そう言う佳奈の声は、すごく乾いていた。

 ねむがめっちゃ罪悪感を抱いていると。


「ただいま~」


 誰かの声が、玄関から聞こえてきた。


「あ、彩乃……!?」


 佳奈が慌てて絵の道具を片付ける。

 もしかして彼女さんかな……?










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