心理学に基づいたNTR

「映画館で映画見るの久しぶりだよ~。なに観るの?」

「それは着いてからのお楽しみだよ」


「そっか。なら楽しみにしておくね」


 なにも知らない佳奈の顔が、これから恐怖に変わると思うとワクワクするなぁ。

 きょう見に行こうと思ってる映画は、めっちゃ怖いと噂のホラー映画だ。


 佳奈は割と気が弱そうなところがあるし、きっといいリアクションをしてくれるだろう。


 それでホラーとかたぶん平気なねむが、怖がる佳奈を安心させてあげるって計画だ。

 吊り橋効果ってでかいからね。たぶん。


 今のねむは心理学に基づいたNTRまでできるようになっちゃったわけだ。

 いやー、成長したなぁねむも。


 まあ、嫌がられたら別の映画にするけどね。

 嫌われちゃったら意味ないし。


「ねむちゃんは映画館でポップコーンとか食べるの?」

「うん。映画館行ったらなんかポップコーンの気分になっちゃうんだよね」


「だよね! 私もぜったい食べちゃう!」


「あと入る時匂いやばくない?」

「やばいよね!? 買えって言われてるようなもんだよ!」


 佳奈がちょっと口の端によだれをにじませながら言う。

 匂いに負けちゃうなんて……佳奈のざーこ♡


 まあねむも負けてるんだけどね。

 映画館に着いて、発券所に向かう。


「きょう見ようと思ってるのは、これだよ」


 ねむは映画のポスターを指差す。

 『トモダチ(仮)』っていうタイトルで、幽霊らしき人影が描かれている。


「これって……ホラー映画?」

「うん。めっちゃ怖いらしいから見てみたかったんだよね」


「ほ、ホラーか……見たことないから、ちょっと怖いな……」


 佳奈はちょっと抵抗があるみたいだ。

 まあはじめてのホラーで抵抗ないやつはなかなかいないだろう。


「誰かと一緒なら、めっちゃ怖かったとしても耐えられるなって思ったんだけど……ねむの友達、みんなホラー駄目だから断られちゃって……」


「そっか……じゃあ、見てみよっか」

「いいの!? 別の映画にしてもいいんだよ?」


「私も見てみたいし。それに、誰かと一緒なら耐えられるっていうのもわかるよ」


 やっぱり佳奈は素直だねぇ。

 悪い女に引っかかりそうで心配だよ。


 まあねむも悪い女のうちのひとりなんだけどさ。

 チケットを買って、ポップコーン売り場の近くに来ると香ばしい猛烈な匂いがわたしたちの鼻を包囲した。


 ぐっ……! この匂いはいつ嗅いでもやばい!


「ポップコーンどの大きさにする?」


「一番小さいやつにしようかな。あんまり大きいのだと食べ切れないし」

「そっか~。私は一番大きいのにしようかな」


「えっ? 食べ切れるの? ここのポップコーンけっこうでかいよ?」

「だいじょうぶだいじょうぶ。私、ご飯いっぱい食べられるから」


 ええ……。

 ほんとに大丈夫なの?


 不安になりつつも、ポップコーンを注文する。


 しばらくして、片手で持てるサイズのポップコーンと、両手で持たないといけないサイズのポップコーンが店員さんから渡された。


「味別のにしたし、いっしょに食べよ」

「う、うん……」


 あんまり驚いて……ない?

 このサイズだよ? 三人分くらいある気がするけど……。


 もしかしてねむの分頼まないほうがよかった?

 まあ食べ切れなかったら捨てるしかないか。もったいないけど。


 ポップコーンの大きさに戸惑いつつも、席に座る。

 わりと人気の映画だからか、席はそれなりに埋まっていた。


 予告編が流れて、いつはじまるのかうずうずさせられる。


「楽しみだね」

「ね」


 そう言いながら、佳奈はさっそくポップコーンを食べ始める。

 もしかしてこいつ食い意地張ってるのか……?


 ポップコーンをつまみながら予告編を眺めていると、映画が始まった。

 さあ……びくびく怖がる佳奈が見れるぞ~!



「ねむちゃん……だいじょうぶ?」

「ぜ、ぜんぜん平気、だし……」


 がくがくと震えているねむを、佳奈が心配そうに見つめる。


 ……なんなのあれ。

 めちゃくちゃ怖かったんですけど!? 


 いつ幽霊が襲ってくるかわからなかったし、しかも襲撃方法もトリッキーなうえにとにかくグロいからずっとバクバクさせられてた。


 一番怖かったのは、ずっと一緒にいた友達がいつの間にか幽霊と入れ替わってたことが判明したシーン。


 わたしはずっと側にいるから……! ぜったい生きて帰ろうね……! とか言ってたのに、一瞬で化けの皮が剥がれてあの幽霊が……。


 ……思い出したらもっと怖くなってきた。


「な、なんで佳奈は平気なの……?」

「えっと……怖かったのは怖かったんだけど……なんとなく襲ってくるタイミングわかってたし」


「い、いやなんでわかるの……!? ていうかわかってても怖いじゃん……」

「それはそうだけど……あくまで映画だしね」


「で、でもぉ……」

「だいじょうぶだいじょうぶ。幽霊なんていないから。こわくないこわくない」


 佳奈はねむをその辺の椅子に座らせると、子供をあやすように撫でてきた。


 こいつ……!

 なんでねむがやりたかったことをお前がやってるんだ!


 これも全部あの映画が怖すぎたせいだ!


「……ねむちゃんって、ああいうの平気そうだったのに。意外と怖がりなところもあるんだね」

「そ、そんなことないもん! あの映画がやばいだけだってば!」


「あははっ! そうかもね!」


 佳奈は余裕そうにねむを笑う。

 この女ぁ……見てろよ……!


 今度はなんか別のベクトルで怖がらせてやる!

 そうしてねむの吊り橋効果NTRは失敗してしまった。


 あとでっかいポップコーンは佳奈がぜんぶ平らげてた。

 やっぱりこいつ食いしん坊だろ。








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