ユメノトラウマ
「この前、由芽と大原公園行ってね、白鳥ボート乗ってきたんだ~! いろんな鳥がいてかわいかったの!」
「へぇ~」
すんごい気のない返事だって、ねむでも思う。
屋上で一緒にお弁当を食べながら、とうとうちゃん付けから名前呼びに移行した玲奈の惚気を聞かされている。
今のねむの脳みそは破壊と再生を繰り返してる。
好きな人の惚気を聞かされるっていう破壊と、好きな人といっしょにいられるっていう再生を。
問題はこれが毎日あって、だんだん破壊のスケールが大きくなってきてることだ。
そろそろ気が狂いそう。
「それでボートから降りたあとね、ちょっと一目の付かない木陰があったから……」
「えっ」
「あっ、ごめん! これ以上は……きゃーっ!」
玲奈は顔を両手で覆い隠して、小さく叫んだ。
くそが。
床に拳を叩き付けたくなるのを必死にこらえる。
なんでわざわざそういうこと報告してくんの!?
嫌がらせか!? ねむじゃなくてもリア充爆発しろってなるだろ!
あーもういいや。
決めた。
まだ寝取るわけじゃないけど、その思い出……ねむ色に塗り替えてやる……!
「まあそれはそれとして……その白鳥ボート、めっちゃ楽しそうじゃん! ねむも行ってみたいな~!」
「う、うん! すっごく楽しかったよ!」
「ねえ、この後いっしょに行こーよ。話聞いてたら行きたくなっちゃった!」
「えっ……」
玲奈は虚をつかれたような表情を浮かべた。
さすがに彼女と一回行った場所に行こうって言ったのはあからさま過ぎたかな……。
でも曇りなき眼で言えたはずなんだけど……。
玲奈はちょっと考え込んでから、しんみりと言った。
「……うん。行こっか」
「え……?」
反応めっちゃ気になるんだけど。
「あんまり……行きたくないの?」
「いやいや。そういうのじゃないよ。最近ちょっと寝不足でさ……」
「そ、そっか……じゃあきょうはやめとく?」
「いやだいじょうぶだよ。行こっ!」
玲奈はさっきまでの雰囲気をかき消すように笑った。
今のは気がかりだけど、玲奈がいいって言うんならいいか……。
学校が終わって、ねむたちは大原公園に向かった。
ちょっと離れてるから、バスに乗る。
今の玲奈は普段通りで、あの雰囲気を見せる様子はない。
なんだったんだろう。さっきのは……。
バスから降りて、すこし歩くと大原公園に着いた。
「……っ」
「……玲奈?」
「なんでもないよ。行こう」
なんかあるやつじゃん……。
どんどん心配になりながらも、玲奈は平静を装って歩く。
いいのかな……。
ねむがこんなこと言わなきゃよかったのかもしれない。
でも、せっかく一緒に来てくれたんだし、楽しまないのも申し訳ないか。
「あっ、亀いる~!」
「かわいいね」
「か、かわいい?」
「え~? 近づいたらすぐ逃げちゃうところとかかわいくない?」
「どこにかわいさ感じてんの……?」
玲奈はわりとなんにでもかわいいって言う。
平等に言うから言われた方が鵜呑みにしたら悲惨なことになる。
「ねえ、あの子って……」
「目を合わせちゃダメ! 狙われるよ!」
ひそひそと、後ろから声が聞こえる。
なんか一瞬やな感じがしたな。気のせい?
まあいいや。
しばらく亀とか鳥なんかを見ながら歩いていると、ずらっと並んでいる白鳥ボートが見えてきた。
うげっ……ちょっと混んでるな。
何人待ちくらいだろ……ま、玲奈となら何時間でも待てるからいっか。
惚気さえなければ。
……どうにか言わせないようにしよう。
「ねむがチケット買ってくるから、玲奈は並んで――」
そう言いかけたときだった。
玲奈が地面にうずくまって過呼吸になったのは。
「れ、玲奈!?」
顔が真っ青で、今にも倒れそうなくらい体が震えている。
やっぱり体調が良くなかったのかな……それとも、白鳥ボートにトラウマがあるのか。
どっちにしろ、ボートどころじゃない。
「ちょっと、どっかで休もうよ」
「……うん。ごめん」
玲奈は弱々しく頷いて、立ち上がる。
倒れないように肩を支えて、近くのベンチに避難する。
しばらくベンチに座って休ませていると、だんだんと顔色がよくなってきた。
トラウマ、なのかな。
「……なにか、あったの?」
「いや、なんでもないよ」
玲奈は頑なに首を振る。
これは、言ってくれないやつだろう。
「ねむにできることがあったら、言ってね」
「……うん。でも大丈夫だから」
……玲奈はなにを抱えているだろう。
何を抱えていたとしても、必ず力になってあげたい。
……もし彼女になにかされてるんなら、ねむはぜったいに許さない。
この子は、ねむが守るんだ。
――――――――――――
次の章の準備のため、7月13日まで投稿をお休みさせていただきます。
お待たせすることになり大変恐縮ですが、今後ともよろしくお願いいたします。
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