イケない声にあてられて

「……べつにそういうんじゃ、ないし」


 言いながら、わたしの声が震えていることに気付く。

 ぜんぜん誤魔化せてないじゃん。


『じゃあねむの声が聞きたくなっちゃったんだ~?』

「そうそうそんな感じ」


『あはっ! 棒読みすぎでしょ!』

「ほんとだよ」


 半分間違ってはない。

 でもそれを悟られるのはむかつく。


『で、なにか話したいことでもあんの?』

「……別にない」


『ないのかよ! せっかく掛けたんだし何か話せよ!』

「それは……ごめん」


 とにかく夢を忘れたくて電話をかけたから、話題がなんにもない。

 ちょっとくらい考えておけばよかった。


「……なにか話題ある?」

『それ言ったらほんとに話題なくなるやつじゃん! ねむだってないよ!』


 昼に話したばかりだし、無いか。

 ……こういうとき、チカならどうするかな。


 ねむにもわかる共通の話題……なんだろう。

 あっ、そうだ。


「……ねむってさ、バンピース読んでる?」

『えっ急にどうしたの……? そりゃ読んだことあるよ。カーロンのとこまでならわかるけど……』


「めっちゃ序盤じゃん……語れる要素薄すぎ……」

『だって長いんだもん……あの漫画って完結したんだっけ?』


「いや続いてるよ」

『まじで!?』


 いつか友達ができたときに、話題がなくて困らないようにバンピース全巻読んでおいたのに、なんでこいつは読んでないんだ。


 最低でもビルックの過去の話までは読んでほしい。


『ていうかなんで急にバンピースの話したの?』 

「いや何か話そうかなって……」


『あっそ……話題振るの下手か?』

「うるさい。それならねむが話題振ってみてよ」


『えー。じゃあさ、将来の夢とかある?』

「チカと結婚すること」


『おっも。それ以外は?』


 やっぱりわたしって重いんだ……。

 そろそろメンヘラ卒業できたかなって思ってたのに……泣きそう。


「なんにもないよ。ねむは夢あるの?」

『そりゃもちろん、玲奈をねと……カノジョと結婚することに決まってんじゃん!』


「ねむも人のこと言えないでしょ」

『はあ? どこが?』


 こいつはわたしより重症かもしれない。

 下を見てたらなんだか安心してきた。


 そんな風にくだらない話をしていたら、いつの間にかわたしは眠っていた。

 通話は切れてたから、たぶんわたしが先に寝ちゃったんだろう。


 ……悪夢のことはすっかり忘れていた。

 一応ねむにお礼のMAINを送ると、適当なスタンプが返ってきた。


 それから、ねむと寝落ち通話をするようになった。

 悪夢は見なくても、寂しいときはどうしても電話したくなっちゃうから。


 ねむはいつでも、出てくれた。

 理由を深く聞くようなこともせずに、いつも通りの感じで話してくれる。


 わたしが寝付くまで。

 最近はチカと話してる時間よりも、ねむと話してる時間の方が多いような気がする。


 なんていうか……あいつの声を聞いてると落ち着く。

 会話の内容は軽いし、口だって悪いはずなのに。


 なんでなんだろう。

 疑問を抱えながらも、どんどん通話の頻度が増えていって……ほぼ毎日するようになったころ。


『もうすぐさ、チカとアレをやってもいいと思うよ』 


 通話中、ねむにそう告げられた。

 最近、チカとは楽しく付き合えているし、確かにいいタイミングかもしれない。


「そっか……じゃあそろそろやってみようかな」


 でもわたしの中でなにかが引っかかっていた。


『……あれ? 嬉しーんじゃないの?』

「いやちょっと……不安になっちゃったっていうか……」


 ここまで色々と優しくしてくれたねむに、あんまり心配かけさせたくないのに。

 わたしはどうしてこんなことを言っちゃうんだろう。


『じゃあ、もっかい練習してみる? 今度は、限りなく本番に近い感じでさ』

「えっ……」


 ねむの提案に、言葉が詰まる。


 ……アレの練習を、ほぼ本番みたいにやる。

 それって、ねむとほぼ恋人みたいなことをするってことになる。


 取り返しのつかないことになるような気がした。

 でも、失敗したら入院しちゃうかもしれない。


 じゃあ、やるしかないか。


「うん。お願い」


 そして次の日、わたしの家にねむがきた。


「やっほ~! 直接会うの久し振りじゃん!」

「……うん、そうだね。会いたかった」


「えっ……?」


 思わずこぼれたその一言に、ねむが驚いた顔をする。

 ……わたし今なんて言った?


 会いたかった?

 ねむに?


「そっか~。会いたかったんだ~!」

「ち、違うから」


 うつむくわたしの顔を、ねむがニヤニヤしながら覗き込んでくる。

 こいつ……! 隙あらば煽ってきやがって!


「と、とりあえず練習しよ。そのために来てもらったんだから」

「恥ずかしがんなくていいよ? ねむもチカと会いたかったし~!」


「……そういうの、いいから」


 なんで、嬉しいって思っちゃうんだろう。

 ただの、冗談なのに。


 照れを隠す……いや照れてないけど、そんな風にお風呂場に行く。

 服を脱いで、わたしたちは裸になる。


 前よりも恥ずかしいのはなんでなんだろう。

 きょうのわたしは、なんでばっかりだ。


「じゃあ、まずはいちゃいちゃしよっか」

「っ!?」


 ねむはそう言って、わたしの体に抱き着いた。

 体が火照って、あつくなる。


「あはっ! いまりん、顔真っ赤じゃ~ん!」

「だ、だって……」


 耐えきれなくなって顔を背けると、ねむはかぷっと耳を噛んできた。


「ひゃあっ!? ちょ、ちょっとねむ……!?」

「いあひぃんのひひおいひ~! ねむのも食べる?」


「……うん」


 わたしはおそるおそる、ねむの耳にかじりついた。


「ひゃうっ!?」


 ねむの体がびくっと跳ねて、いけない声が出る。

 わたしがそれを聞いたのは間違いだった。


 なにかが弾けて、ねむに唇を重ねる。


「んっ……!?」


 唇を離すと、ねむは呆然と目を見開いていた。

 もっと甘えたくなって、ねむの突起に吸いつく。


「んにゃっ!? い、いまりん、そこだめっ……!」


 いけない声が、もっとわたしの耳に染み込んでいく。

 声に支配されるがまま、わたしはねむの秘密を暴いてしまう。


 濡れて、ぐちょぐちょになっているそこをかき回す。

 わたしの指が汚されているのに、ふしぎな満足感があった。


「やっ……んっ……! まけ、ないもんっ……!」


 ねむの指が、わたしの秘密も暴こうとする。

 ふれられて、はいられて、ぐちゃぐちゃにされて。


 わたしたちは溺れあった。

 ぜんぶのみこまれて、うちあげられて……ひとつになった。









「……あはっ」

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