動物園でーと♡

「レッサーパンダちゃんだ! かわい~!」


 直立してかりかりと果物を食べているレッサーパンダを見て、チカが目を輝かせる。


 チカのかわいいもの好きは相変わらずみたいだ。

 離れていたのはほんのちょっとの間だったのに、ずいぶん懐かしく感じる。


「食べてるのなんだろ……りんごかな?」

「りんごっぽいね。竹とか果物食べるって書いてあるよ。自然界だと小動物食べることもあるんだって」


「意外とワイルドなところもあるんだ……」


 この子たちがネズミなんかを頭からボリボリ食べてるところなんて想像できないけど、展示に書いてあるってことはそうなんだろう。


 しばらくレッサーパンダのごはんを見守ったあと、わたしたちは猛獣がいるゾーンに向かった。


 最初にライオンと目が合う。

 なんていうか……暇そう。


 ぼーっと遠くを見つめているだけだ。

 もしかしたらサバンナに帰りたいのかもしれない。


 あっ、床にごろごろ転がってる子がいる。

 この子は完全に野生を忘れてるみたい。


「かわい~! 猫ちゃんみたい!」

「まあネコ科だし……百獣の王のプライドどこいったって感じだけど」


「かわいさで王になったんだよ、きっと」

「野生ってそんなほのぼのしてたっけ……」


 それなら猫ちゃんが王になってそうだ。

 トラとかヒョウもいたけどみんな心なしかぐでっとしていた。


 たまに遊具みたいなのにじゃれてる子もいたけど、あんまり野性味はなかった。


 お肉をがつがつ食べてるところとか見たかったな……。

 かわいかったからいいけど。


 次はフクロウがいるゾーンに入った。


 茶色いフクロウと、シロフクロウ、耳の生えたミミズクもいる。

 昼間だからか、ちょっと眠そうだ。


 目がぱっちり開いてる子もいて、その子は眼光が鋭かった。


「首……えっ!? ねえ、あれどうなってんの!?」

「フクロウは首の骨が多いから、ああやって首を回せるんだって」


 たぶん獲物を取りやすくするためなんだろう。

 野生で見たらかなりぎょっとするかもしれない。


 そんな風に動物や鳥たちを見たあと、わたしたちはおみやげコーナーに行った。

 動物たちのぬいぐるみが、たくさん並べられている。


 みんなかわいくて、全員家にいる子たちの仲間に入れてあげたくなる。


「ねえ、この子かわいくない? お揃いにしよーよ!」


 チカがデフォルメされたレッサーパンダのぬいぐるみを見せてくる。


「うん。買おう」


 お揃いっていう一言で、すぐに頷いてしまう。

 どの子がいいかなんていう迷いは、一瞬にして晴れてしまった。


 レッサーパンダのぬいぐるみを買って、チカと一緒に家まで帰る。

 まだ明るいのに送っていってくれて、愛されてるなって思う。


 ……こんなに優しくしてくれてたのに、今までのわたしはどうして信じられなかったんだろう。


 仲直りして、だんだんもとの雰囲気にも戻ってきたのに。

 その後悔はいつまでもわたしに残り続けていた。


 レッサーパンダを、ベッドの枕元に置く。

 一番わたしに近い場所。


 チカも、わたしと同じように枕元とか近い場所に置いてくれたのかな。

 それとも、もう少し離れたところに置くのかな。


 もとの雰囲気に戻ってきたとはいえ、今までよりは距離を置くようにしている。

 チカと一緒に歩けるようになるって決めたのは、わたし自身だし。


 でも、ちょっと寂しい。

 寝落ち通話くらいはしてもいいような気がする。


 また重いって思われたら嫌で、言う勇気なんて湧かないけど。

 レッサーパンダを愛でて寂しさをごまかしていると、MAINが鳴った。


『デート楽しかった?』


 ねむからだった。

 一瞬ストーキングでもしてたのかって驚いたけど、たぶんチカのネトスタを見たんだろう。


「うん。レッサーパンダとかライオンとかいろいろいたよ」


 ねむとはたまにMAINで話すようになった。

 口が悪くてぶりっこだけど、悪い奴じゃないと思う。


 わたしを妹扱いしてくるのはむかつくけど。

 どう見てもわたしの方がお姉ちゃんだ。


『いいな~。ねむ最近カノジョとデートできてないんだよね~』

「なんで? 喧嘩でもしちゃったの?」


『いやそういうんじゃなくてさ……テスト中で忙しーんだって』

「じゃあしょうがないじゃん」


『でも~! 暇じゃ~ん!』


 ほら幼い。

 人生経験あるとかほざいてたやつの台詞じゃないと思う。


「そういう時はちゃんと待ってあげなきゃ駄目でしょ」


 ……自分で打っておきながら、お前が言うな感がすごい。

 ついついこいつに煽られる隙を作ってしまった。


『……いまりんがオトナになってて、ねむお姉ちゃん感動しちゃったよ~!』

「勝手にお姉ちゃんになるな」


 ほらね。やっぱり煽ってきた。

 適当にスタンプを返して、スマホを置く。


 ……さっきまでの寂しさが、だいぶ薄れているのに気付く。

 チカがわたしに友達を作ろうとしてた理由が、やっとわかった気がする。


 側にいられないときに、わたしが寂しくないようにするためだったのかも。

 またMAINが鳴った。今度はチカだった。


『きょうはありがとー!』


 やっぱり、わたしは恵まれてるんだ。

 弾んだ気持ちで、スマホの画面をぱたぱたと打つ。


 しばらくやりとりして、寝落ち通話しない? って送りたい衝動に駆られる。


 送信しようとして、迷って消す。

 それを三回くらい繰り返して、やめた。


 きょうじゃなくてもいいや。

 もっと、デートしてからでも、アレをしてからでもいい。


 ……こういう時に限って、悪い夢を見る。

 チカがどこかに行っちゃって、またひとりぼっちになる夢。


 うなされて起きた、午前の2時。

 こんな時に電話をかけて起こしちゃったら、チカにまた迷惑をかけてしまう。


 でも、ひとりでいたくない。

 駄目元でねむに電話をかけると。


『なになに~? 怖い夢でも見ちゃった?』


 繋がって、いつもの調子で出てくれた。





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