添い寝とかお世話とかめっちゃしてくるタイプのママ

「ねむってまじでぶりっこだよね」

「それな~。自分のこと世界一かわいいって思い込んでるっていうかさ~」


「わかる。まじ痛々しいよね? いちいち媚びてくんのもウザいし。ブスのくせに調子のんなって感じ~?」


「ね~!」


 学校に来て教室の扉を開けようとしたら、友達がねむの陰口で盛り上がっていた。


 みんな、今まであんなにねむのことかわいがってくれてたのに……。

 本当はそんな風に思ってたの?


 ねむは、世界一かわいいってママが言ってた。

 ママが言ってたのは、嘘だったの?


「ぜったいあたしらのこと見下してるよね。金魚のフンのくせに」


 そんなこと思ってない……!

 みんなのことは、ねむとおんなじくらいかわいいって思ってるのに……!


「自分を名前呼びとかフツーにヤバくない? アニメでしか許されないと思うんだけど」


「アニメでもきついってアレ」

「それな~!」


 ヤバいって、どういうこと?

 ねむが、おかしいの? それとも、何かしちゃったの?


 なんで……?


「ね……名取さん?」


 へたり込むねむに、誰かが声をかける。

 振り向くと、そこにいたのはクラスメイトの汐見玲奈しおみ れなさんだった。


「何かあったの?」

「そ、その……」


 言葉が詰まって出てこない。

 そんなねむを心配そうに見つめる汐見さんの耳に、教室の声が入ってくる。


「……ちょっと、私についてきてくれる?」

「え? ……うん」


 汐見さんはねむの手を引いて教室を離れ、ゆっくりと階段を上っていく。

 どこまで上るのか気になりつつもそのまま手を引かれていると、屋上の扉の前に着いた。


「屋上……?」

「うん。考え事をするときとか、よくここに来るの。あ、先生には内緒ね?」


 汐見さんはしーっと人差し指を立ててから、鍵を開ける。


「どうやって開けたの?」

「このくらいなら簡単に開けられるよ。ほら、入って入って」


「う、うん……」


 不思議な人だなぁ。

 屋上に出ると、少し風が吹いていた。


 フェンス越しに街が見渡せて、ちょっとだけ気分がすっきりする。

 汐見さんはフェンスに寄りかかって、ねむに言う。


「ここ、ぜんぜん先生こないから安心してね」

「うん……でもいいの? 汐見さんの秘密基地だったんじゃ……」


「別にいいよ~。私、名取さんと1回話してみたかったの」

「……ありがとう」


 気、使われちゃってるな。

 申し訳ないけど今はその優しさに甘えさせてもらおう。


 汐見さんは話してみたかったと言いつつも、静かにねむが落ち着くのを待ってくれた。


「もう平気なの? 無理してない?」

「うん、だいじょうぶ。ありがと、汐見さん」


 立ち上がるねむを、汐見さんは心配そうに見つめる。

 ここは元気になれたってこと、ちゃんと見せよう。


「あの人たちは、ねむのかわいさにヤキモチ焼いてただけだよ。だから、ぜんぜん平気! むしろ、ねむのかわいさの証拠だよ!」


 ねむがそう言うと、汐見さんは噴き出した。


「ぷっ……あはは! 名取さんって、やっぱり面白いね!」


「でしょでしょ~! 今のうちに仲良くなっといた方がいいかもよ? なんかのアイドルとか有名人になっちゃうかもね!」


「あはは! 今のうちにサイン貰っておいた方がいいかな?」

「絶対そうだよ! なーんてね……」


 別にそんなことないかもしれないのに。

 声のトーンが、だんだん落ちていく。


「……自分が思ってる以上に、傷付いてるんだよ、人って」

「ね、ねむは……ごめん。心配させちゃって……」


「名取さんって、優しいんだね。自分が傷付いても、私に心配かけさせないようにしてくれて……でも、今は頼ってほしいな」


 汐見さんは、ねむを包み込むように抱き締めた。


「あんな人たちのこと、気にしなくてもいいって頭ではわかってても、気にしちゃうよね。陰口って、纏わりついてくるから。でも、私は名取さんとお友達になりたいって思ってる。あなたの素敵なところは、クラスメイトの私にも伝わってきたから」


「……ほんと?」

「うん」


 ねむがそう聞くと、汐見さんはこくりと頷いて微笑んだ。

 その笑顔が眩しくて……温かかった。



「あら、おはようねむちゃん。きょうもかわいいわね……」


 視界が切り替わって、目の前にママの顔が現れる。

 いつも目が覚めたときに見る光景だった。


 ベッドから起き上がって目をこする。


「夢……?」

「あら、誰の夢を見たの? ママ?」


「べつになんでもない。ていうか、ベッドに潜り込んでこないでっていつも言ってるでしょ。狭いじゃん」


「じゃあ今日ダブルベッド買ってくるわね」


「いやそういうことじゃなくてさ……どっちにしろママが引っ付いてくるから窮屈じゃん」


「え~やだやだ~。ずっとねむちゃんを視界に入れてたいの~!」

「写真で我慢しなよ」


「やだ~!」


 いい大人が子供みたいに駄々こねないでほしいんだけど……。

 そろそろ子離れしてほしい。


 ま、ねむがかわいすぎるからしょうがないか。

 相手にしないでいると、ママは静かに諦めてベッドから降りた。


「朝ごはん温めるから、楽しみに待っててね?」

「はいはい」


 ねむのほっぺにちゅーをしてからママは台所に向かった。

 いちいちそんなことしなくてもいいのに……。


 あの陰口ブス共にママのこと話したらだいぶドン引きされたことを思い出した。

 やな夢見ちゃったなぁ……あんなブス共の顔見たらこっちまで顔面偏差値下がる気がする。


 ま、玲奈の顔見れたしオッケー!

 あの時の玲奈はほんとに女神だったな……。


「ねむちゃん?」


 ママがねむの顔をじーっと覗き込んでくる。

 さっきまで朝ごはん温めてたんじゃないの?


 ちょっとママは怪異みたいな人智超えてる感じがある。


「ごめん、ちょっと寝ぼけてた。朝ごはん食べるね」

「そっか~! 冷めないうちに食べて食べて~!」


 ママが椅子に座ってぽんぽんと太ももを叩く。

 ねむはその上に座り、ママの体に包み込まれる。


 なんの匂いかはわからないけど、うっすらと香水の香りがした。

 いくらねむが小柄でもそれなりに重いはずなんだけど、ママは平気そうだった。


 油断すると二度寝しちゃう。


 前科もあるし気をつけないと。

 その時は起きたらママにおはようってにっこり言われたけど、なんで起こしてくれなかったんだ。


 テーブルにはピーナッツバターがたっぷり塗られたパンと、いつの間に作ったかわからない目玉焼き、そしてレタスにトマトを添えたサラダが並んでいた。


「……それじゃ、いただきます」

「いただきまーす」


「はい、あーん」

「あー」


 ママがパンをねむの口に運ぶ。

 パンのさくっとした食感と、ピーナッツバターの甘じょっぱさを感じる。


 一口かじった後もママはあーんを続行してくる。

 普通に食べようよって言ってもぜんぜん聞いてくれないからもう諦めた。


 まあ、楽っちゃ楽なんだけどさ……。


「おいしい?」

「うん」


「よかった~! ねむちゃん、ピーナッツバター大好きだもんね?」


 ママはいつもアメリカらへんのピーナッツがごりごり入ってるやつを買ってきてくれる。


 目玉焼きは半熟で、サラダにはトマトを。

 食卓はねむの好物でいっぱいだった。


 甘やかされた朝ご飯を食べ終わると、ママはねむにセーラー服を着せ、洗面所に連れて行ってヘアセットをする。


 オイルをつけられて、丁寧に毛先が解かれていく。

 ねむはくせ毛だから勝手にはねたりうねったりする。


 ママはそれも生かしてかわいくしてくれるんだけど……。


「くしぐらいねむもできるよ?」

「だーめ。こういうのはコツがいるのよ」


「えー。ママがいないとき外出られないじゃん」

「ねむちゃんからママが離れることなんて絶対にないわ。安心して?」


 ねむもこういうのできるようになりたい。

 そうしたら、NTRの幅も広がるような気がするから。


 そんなねむの思いもむなしく、ママはてきぱきとヘアセットを済ませてしまった。

 いっそのこと美容師にでもなった方がいいんじゃないかな。


 ねむは普段ママがどんな仕事をしてるのか全然知らない。

 ていうか、話してくれないんだよね。


 どうやってひとりでため息もつかずにねむを育てられたんだろう。

 これが愛の力ってやつ? 


「うん……かわいいわ……」

「ありがと。じゃ、行ってきまーす」


「いってらっしゃい、ねむちゃん!」


 ママはまたねむのほっぺにちゅーをして、見送ってくれた。

 ねむが今何をしてるのかも知らずに。


 ごめん、ママ。

 玲奈のこと、どうしても欲しいんだ。


 玄関から手を振り続けてくれているママに手を振り返してから、ねむは学校に向かった。









「ふふっ。私も行かなくっちゃ」





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