ギャル系人妻はメンヘラホイホイ

 なーにが手作りクッキーだよ。

 付き合って一ヶ月も経ってないのに重すぎるだろ!


 玲奈も毒されてきてるなぁ……。

 急いで寝取らないといけないのに、なかなかいい感じの人妻が見つからない。


 デートスポットとか色々見てみたんだけど、単体で動いてる人妻が全然いない。


 ……仲良かったらだいたいセットで動いてるんじゃね? 

 どこを探したら単体の人妻が見つかるんだ。


 ていうかそもそも人妻が少ないのかな。

 ブスばっかりだもんねこの世界。そりゃ独身も増えるわけだ……。


 街路樹を見上げて、隙間から差し込む光を浴びる。

 惚気食らった後の帰り道には染みるな……。


 あ、おばさん2人がベンチに座って仲良くパン食べてる。

 ……さすがにあれは無理だな。絆が強すぎる。


 たぶん色々乗り越えた後だろうし、ねむがいくらかわいいからって揺れ動くことなんてないだろう。


 あーもう! 

 どこにいんだよ人妻!


 人妻かどうかわかるセンサーでも発明してやろうかと思ったその時だった。


「かわい~!」


 猫に見惚れながらぱしゃぱしゃと写真を撮っているギャルがいた。

 制服を着崩して腰にパーカーを巻いている。


 ルーズソックスも履いてるってことは……コギャル系なのかな?

 ギャルがおそるおそる猫の頭に手を伸ばして撫でようとすると、猫はびくっと身構えた。


 あれは警戒されてるな。

 そしてねむにはもうひとつわかったことがある。


 あのギャルは、人妻だ。

 その辺のブスとは着こなしが違う。あのファッションはちゃんと女を知ったやつにしかできない。


 センサーを発明するまでもなかったな。

 さすがねむ。


 よし、やるか。

 ねむはギャルの背後に近付いて、おもいっきりくしゃみをした。


「くしゅん!」


 くしゃみに驚いた猫はフシャーッと吠え、去っていった。

 臆病なわりに吠えはするんだ。生意気な猫だ。


「ああああ……」


 ギャルがバスに置いてかれた人みたいに手を伸ばす。

 しかし猫が戻ってくることはなかった。


 ギャルが涙目でこちらを振り返り、ポニーテールがくるっと跳ねる。

 チアとかバスケとかやってそうなさっぱりした顔だった。


 うん、間違いない。やっぱり人妻だ。


「あ、もしかして猫と遊んでた? くしゃみしちゃってごめん」

「いやいや、くしゃみはしょうがないよ。気にしないで……」


 ギャルは手を振りつつもしょんぼりしている。

 悪いことしちゃったな……わざとだけど。


「お詫びに猫カフェでも奢ろっか?」

「えっ? いいの?」


 電球のエナメル線に電池をくっつけたときみたいに、ギャルの目にぱっと光が戻った。

 でもその光はすぐに消えてしまった。もしかして彼女さんが嫉妬深いとか?


「……でも、さすがに悪いよ。猫ちゃんにはまた会えるし、気にしないで!」

「だいじょうぶ! ねむ、実家太いから」


「親御さんからもらったお金なら、ちゃんと大事にしないとダメだよ!」


 まずい。このギャル人妻優しいぞ。

 どうしたら猫カフェに連れ込めるんだ。


 ねむの計画が優しさというまさかの要素であっさり崩されていく。

 でも、それくらいで諦めるねむじゃないもん!


「じゃあ、ちょっとだけ奢ったげる。それでどう?」

「め、めっちゃぐいぐいくるじゃん……」


「うん。だってねむ、友達ほしーんだもん。お願い、ねむと友達になってよ……」


 ここで必殺、上目遣い!

 ちょっぴり目を潤ませて、ギャルの目を見つめる。


「くっ……!」


 するとギャルはフラッシュを浴びたように怯み、ねむに屈した。


「な、ならお言葉に甘えちゃおっかな! あたしは泊千夏とまり ちか! チカって呼んでね!」


「名取ねむだよ。ねむって呼んでもいいかんね」


 そうしてギャル改めチカと猫カフェに向かった。

 この辺に猫カフェはないから、街中に出る必要があるな。


 駅まで歩いて地下鉄乗らないといけない。

 その間、ずっと黙ってるのは変だ。


 どうしよう。

 実はギャルちょっと苦手なんだよねー。


 じゃあなんで話しかけたのかって? その苦手を克服するために決まってるだろ!

 練習で高いハードルに挑めないやつが本番で跳べると思うなよ!


 というわけで気まずくなる前になんか話題を振ろう。

 話題……話題……。


「ねー、ねむっちも猫ちゃん好きなの?」


 チカは流れるように話題を振ってきた。

 は、早い! もうあだ名を!?


 これが本物のギャルのコミュ力か……!

 ねむの周りにいた下品な音しか出さないブス共とは違う。


「うん……かわいいよね~!」


 ウソ。ねむの方がかわいい。


 でも見ていて悪い気にはならないから、エサとかトイレとか全部己でやって好きな時に撫でさせてくれるんなら飼ってやらんこともない。


「マジそれ! もっふもふだし、ちょっと気ままなとことかヤバくない? 朝起こしてくれたり、パソコンしてるときにキーボード乗ってきてくれたりさ~」


「いやキーボード乗ってくんのは邪魔じゃん」

「邪魔されたいの~! は~あ。猫ちゃん飼いたい」


 熱量の差を感じて、こっちの温度がじわじわと下がっていく。

 ねむは猫にそんなことされたらたぶんケツを引っ叩くだろう。


 まあ、玲奈ならキーボード乗ってきても許すし全然してほしいけどさ。

 そんな感じの感覚なのかなぁ。


「チカんちじゃ飼えないの?」


「うん。うちペット禁止でさ~。だからはやくペットOKなとこで一人暮らしして、猫ちゃんをお迎えしたいんだよね~!」


「そっか~。中々飼えるとこないもんね。一人暮らししたらなんの品種飼いたいの?」

「やっぱアメショーちゃんかな! しましまかわいい~!」


 語彙力失ってんな。

 猫恐るべし。


 玲奈もねむに語彙力失ってくれたらいいのに。


「ねむっちはどの子が好きなの~?」


「んー、ペルシャちゃんとか?」

「ペルシャちゃんか~! わかる~! もっふもふだよね~!」


 あいつらは猫の中でも気品を感じる。

 魚屋の魚盗んだりしなさそうだ。


 そうやって話してたらいつの間にか猫カフェに着いていた。

 チカがほどよく話題振ってくれたから助かった。いや何助けられてんだねむ。


 店内はいちごチョコみたいな雰囲気で、猫の毛でモサモサしていることはなかった。


 店員さんかわいいな。

 受付をしながら、人妻の特徴が出ていないか測定する。


 ……人妻率、75%ってとこか。

 高確率で彼女さんがいるだろう。店の名前あとでブクマしとこ。


 思わぬ収穫を得つつも、ジュースを持ってチカといっしょに猫部屋へカチコんだ。


「きゃわわわわわわわわわわわわ~!!!」


 猫の群れを前にして、チカの目にたくさんのハートが浮かぶ。

 いろんなタイプの猫が転がったり跳ねたりしている。


 あ、ペルシャっぽいの見つけた。

 ソファーの上ですうすう寝ているそいつの横に座り、頭を撫でてみる。


 なめらかでふわふわしてる。撫でられてるのに全く動じない。

 顔とか模様はトラっぽいのに大人しいやつだ。


「よしよ~し。いい子だねぇ~!」


 チカは窓際で丸まっている梅干しみたいな顔の白猫をそーっと撫でる。

 最初にそいつを撫でに行くか……このギャル、できる。


 もちろん梅干しも慣れているのか肝が据わっていて、微動だにしない。

 ちょっと動いてるところを見てみたいな。


 試しに足の間に指を入れてみたり、顔を手で包んでみたりしたけど相変わらずだった。

 ていうかコイツも……。


「めっちゃ寝てんね」

「猫ちゃんおねんね大好きだもんね~! はぁ~かわいい~!」


「……なんかテンションおかしくない?」

「そりゃおかしくなるって! だって猫ちゃんに囲まれてるんだよ!?」


 熱がすげーな。マタタビキメた猫みたいだ。

 いや待てよ……玲奈に囲まれてるようなもんなのかな?


 えっ……やば……想像しただけで濡れちゃう……!

 レナニウム過剰摂取しすぎて死んじゃう!


「はわわわわわわ……」


「ねむっちこそだいじょーぶ?」

「ほわっ!? ご、ごめん……ねむも猫ちゃんにもふられてた……」


「そっか……お互いヤバくならないよーにがんばろ!」

「うん!」


 危ない危ない。

 抱いてもねーのに腹上死するとこだったわ……。


 人妻ってこえー。イメージだけで死ねるんだもんな。

 正気を取り戻すために動いてる猫を触りに行く。


 あっこらどこ行くんだお前。逃げんじゃねー!

 動きが素早いせいでなかなか触れない。


 くそっ……ねむにマタギの才能があれば……!

 動いてるやつを撫でるのは諦め、大人しく寝転がってるやつにターゲットを切り替える。


 マーケティングでもターゲティングは大事だって言うし。

 NTRでも同じことが言える気がするよ。知らんけど。


 こいつは一応目は開いてるな。

 耳が垂れてて丸顔で、白がベースの体に頭と背中だけ茶色い毛が生えている。


 こいつもねむほどじゃないけどかわいいな。

 触ろうとすると、ぐんっとねむの方を向いた。


 なんだ? やんのか?

 そっちがその気ならこっちだってやってやるかんね。


 掴み掛るようにもふろうとしたその時、そいつは牙を剥いて吠えた。


「フシャーッ!」

「ぎゃーっ!」


 てめえ客に吠えるたぁどういうつもりだ!?

 喰われるかと思ったんだけど!?


「元気だねぇ~! いいこいいこ~!」

「ゴロゴロ……」


 チカが撫でようとすると、そいつは野生を忘れて喉を鳴らした。

 なんで!? ねむの方がかわいいでしょ!


 ……ねむの日頃の行いが悪いから?

 猫はその辺も見抜いてるのか?


 だったらしょうがないか……いや撫でさせろやコラ。

 客だぞこっちは。


「ウゥ……」


 もう一回撫でようとしたら唸られた。


「くっ……こいつ……!」

「なんでだろーね? あたしには優しいのに」


 そいつの喉を撫でながら首をかしげるチカ。

 仕方なく、寝てるペルシャちゃんのもとに戻る。


 やっぱりお前が一番だ。

 わさわさと毛に手を滑らせていると、チカのポケットがわずかに震えた。


「や、やばっ!」


 すぐにスマホを取り出し、ぱたぱたと文字を打ち込む。

 誰かに返事でもしてるんだろう。猫より優先ってことは、もしかして。


 静かにジュースを飲みながら見守っていると、どんどんチカの顔に冷や汗が浮かんでいく。


「もしかして、彼女さん?」

「えっ!? なんでわかったの!?」


「んー、なんとなくかな?」


 チカが驚きの表情を浮かべてねむを見る。

 いや、わりとわかりやすかったけどね?


「めっちゃ連投してくるタイプとみた」

「なんでわかんの!? 超能力者か!?」


「だってねむだもん」


 メンヘラ系の彼女か~。

 ねむ刺されない? だいじょーぶ?


 まあ、怖がってたらなんにも始まんないか。

 チカは苦笑いを浮かべて言う。


「ちょっと繊細な子でさ……ちゃんと返信してあげないとへこんじゃうの」

「そっか……みしてみして」


 むしろ、チャンスかもしれない。

 おもむろにチカの画面を覗き込むと、同じ子から通知がわらわら来ていた。


『なんで家に帰ってないの? どうして猫カフェにいるの? 誰かと一緒なの? 浮気? わたしに飽きちゃったの? ねえ』


 そんな感じの内容だった。こわ。


「もしかして、位置情報共有してる?」 

「うん……その方が安心するからって……」


「ええ……」


 ねむだったらぜったい嫌だ。

 もし玲奈と共有してたら人妻狩りしてんのバレるかもしれないってことでしょ?


 経験値稼ぎしてるだけだもん! なんて言ったら殺される。

 いや殺されはしないか……。


 でも縁切られるだろうな……いやどっちにしろ死ぬじゃん。


 それができるのは……チカに腹黒いところがないからだろう。

 メンヘラちゃんからしたらねむみたいなのと一緒にいるのはブチ切れ案件だろうけど。


「不安にさせたくないから、なるべく早く返すようにはしてるんだけどさ……それでも、不安にさせちゃってるみたいで……あたしが頼りないばっかりに……」


「そんなことないよ。彼女さんを不安にさせないよーに頑張ってんじゃん」

「でも……」


 チカは花瓶を割った子供みたいに口ごもる。

 やめてよ! 1日くらい既読スルーしてもぜんぜん心を痛めないねむがヤベー奴みたいじゃん! 


 それ以外の要素ですでにヤベー奴だけどさ!


「……チカってさ、優しいよね。ねむにも付き合ってくれたし」

「いやいや、それを言うならねむっちだってきょう誘ってくれたじゃん」


「でも、人に優しくしすぎて疲れちゃってない?」

「……っ」


 チカは少しだけ、言葉を詰まらせた。

 やっぱりな。チカはどうみてもメンヘラ製造機だ。


 ちゃんと構ってくれて優しい。

 メンヘラホイホイとしての機能がきちんと備わってる。


 だからそこに漬け込んでやろう。


「彼女さんのことを大事にするのが悪いって言ってるわけじゃないよ? でも、たまには、チカのことも大事にしてあげて」


「……うん。そうする」


 チカはこくりと頷いた。

 よし。これでとっかかりはできた。


 それから静かに猫を撫で回した後、ねむたちは店を出た。

 ネトスタを交換して。


「いつでも相談乗ったげるから、また遊ぼ」

「うん……ねむっち、ありがと。またね」








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