恋人より友達に傷付けられるほうがマシだよね!

「かわい~!」


 人妻からバツイチに降格してしまったチカをぼんやり見つめながら、ねむは気前のいいペルシャを撫でる。


 なんでこいつの彼女あんなクソザコなんだよ。

 ちゃんと彼女やってくれないとNTR練習にならないじゃん!


 はぁ……。

 何が悲しくてバツイチと一回行った猫カフェに行かにゃならんのだ。


 この前いた人妻臭がムンムンする店員さんいなかったしぃ。

 シフト入ってなかったのかな。


 これじゃただ友達と遊びに来ただけじゃん!

 ん? 友達?


 今までのねむには玲奈しか友達がいなかった。

 でも今はチカもいる。


 よくよく考えたら、友達ができるのだって立派な成果だよね。


 しかもチカは友達も多そうだし、人妻を紹介してもらうことだってできるだろう。

 よーし、友情に漬け込んでこいつの友達を寝取りまくってやろっと!


 そのためにも、チカともっと仲良くならなくっちゃ。


「よ~しよ~し! ああ~癒される……うう」

「……疲れてんね」


 チカは思い出したかのようにげっそりした顔になる。

 猫でもメンヘラから受けた呪いは回復しきれないらしい。


「まあね……昨日も、あの子が夢に出てきてさ……またあたしを監禁してきたんだよね。それでやめて! って突き飛ばしたらバラバラに吹き飛んで血塗れになって……ものすごい罪悪感に襲われてたらいつの間にかたくさんのあの子に囲まれてて……体の部位をひとつずつ、あの子たちにちぎられて持っていかれたの!」


「いや怖い怖い怖い! トラウマになるってそんなの!」

「夢でよかったよ……ほんと」


 振った直後はあんなすっきりした感じだったのに。

 ぜんぜん断ち切れてないじゃん。


 ここはきちんとカウンセリングしてあげないとね。

 カウンセラーってみんな胡散臭いしねむにもできるでしょ。


「やっぱり、辛かったよね。だいじょうぶ。もしまたあの子のこと思い出しちゃったら、ねむが寝落ち通話したげるから」

「あ、ありがと……ごめんね? せっかくきょう来てくれたのに気を遣わせちゃって……」


 ちょっぴりチカは落ち着きを取り戻した。

 こんなんでいいんだ。将来これで食ってくのも悪くないかもなぁ。


 もっとチカの心を癒してあげよう。

 チカの側に寄って頭を撫でる。


「いいのいいの。どんどんねむに甘えちゃって。いつかねむがつらくなったときには、こっちがたっぷり甘えさせてもらうから」


「……じゃあお言葉に甘えて」


 チカがねむの肩に頭を乗せてきた。

 それいまりんがいる時にやってほしかったぁ!


 信頼してくれてるのは、嬉しいけどさ。


「実はさ、今も怖いんだ。尾けられてるんじゃないかって……窓の外から見られてるんじゃないかって……」


「………」


 思ってたよりも重症だった。

 そっとチカの手を握ると、弱々しく握り返してきた。


 あの時、寝取る決意をしておいてほんとによかった。

 いつかチカがあいつに壊されてたかもしれない。


 まあ、ねむがぶっ壊すことになるかもだけど、恋人より友達に傷付けられるほうがマシだよね!


 チカの心の傷に寄り添いつつ、猫の毛並みを堪能してそこを出る。

 仲を深めるんなら、弱ってる今がチャンスだ。


 猫で癒せないなら、別の方向からリフレッシュさせよう。


「ねえ、ボウリング行かない? ねむ今むしょーにスポーツしたいんだよね」

「……うん! 行こっ!」


 チカはぱっと表情を輝かせて頷いた。

 素直で助かるなぁ。


 実はねむボウリングしたことないんだけど、玉転がすだけだしはじめてでもできるよね。


 あいつに遭遇しないように、なるべく人通りの多い道を選びながらボウリング場に向かった。


 受付で2ゲームのチケットを買い、靴のサイズを選ぶ。

 ボウリング場って靴レンタルしないといけないのか。はじめて知った。


「ボウリング、ひさびさに来たな~」

「あんまり行かないの?」


「前は友達とよく行ってたんだけどさ……」

「あっ……」


 ねむはそれ以上聞かないことにした。


 ボールってどういう基準で選んだらいいのかわかんないな。

 とりあえず軽そうなやつにしよ。


 チカはねむのボールよりちょっと重いのを選んでいた。


「ねむっち、先投げていいよ~!」

「ありがと! しょっぱなからストライク取るから見てて!」


「おおっ! 頑張れ!」


 とか言いつつ、隣の人の投げ方をチラ見しながらレーンの前に進む。

 ああやって投げればいいのか……よし。


 ねむは思い切って真ん中のピンめがけてボールを転がした。

 ばん! とボールがあっさり溝に吸い込まれる。


 あれ……? おかしいな……?


「惜しいっ! でもスペアは狙えるよ!」

「スペア……? よくわかんないけどもっかい……っ!」


 さっきの要領で投げた。また吸い込まれた。


「はぁ~? 溝にダイゾンでも付いてんのか!? なんで落ちんの!?」

「ど、どんまい! まだ始まったばっかりだから!」


 チカの励ましがつらい。

 今のねむ過去イチダサくなかった……?


 こんな難しいスポーツだとは思わなかった。

 完全に舐めてたな……。


 チカがボールをそれっぽい構えで投げる。

 真ん中よりちょっと左から投げられたボールは、ゆるやかにカーブしてピンの真ん中に直撃した。


 ガコン! と全部のピンが弾け飛ぶ。


「やった~! ストライク!」

「え……?」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶチカ。

 こいつ……ねむができないことを平然とやってのけやがった……!


 ねむの立場ねーじゃん!


「なんでそんなに上手いの……?」

「友達にコツ教えてもらったんだよね。ねむっちにも教えたげよっか?」


「うん……おねがい……」


 ねむはきっちりコツを教えてもらって、ちゃんとピンを倒せるようになった。

 それでもチカとの点差は50点くらい付けられた。


 くそう……完全に負けた……。

 でもこれで、また人妻とボウリングに来ることがあっても恥をかかずに済む。


「きょうはありがと……ボウリング教えてくれて……」

「どういたしまして! いやー、ねむっちめっちゃ上達したよね~!」


「師匠には負けるけどね……きゃあっ!」

「うわっ!? だいじょーぶ!?」


 チカと話しながら帰っていると、段差につまずいてこけてしまった。

 ヒザがすりむけてヒリヒリする……。


「はい、とりあえず絆創膏! 家帰ったら消毒してね!」

「ありがと……うう、きょうのねむダメダメじゃん……クソダサいことしたし、転んでケガするし……ごめんね……?」


 ヘラるねむに、チカは包み込むようなハグをした。

 シトラス系のいい匂いがふわっと漂ってくる。


「ぜんぜんだいじょーぶ。あたし、きょうすっごく楽しかったよ?」


 あったかくて、落ち込んでいた気分が晴れていく。

 チカの方がつらいはずなのに、慰められちゃったな。


 チカの妹になった気分にさせられて、くすぐったい。


「……そーいうのいいから。帰ろ」

「あれ? ねむっち顔赤いよ? もしかして……照れてる?」


「べつにそんなんじゃないし! チカの体温が高かっただけだよ!」

「ごめんごめん。だってねむっちかわいいんだもん……ついついからかっちゃった!」


「え? 許さんが?」


「そんな~。じゃあゴリゴリ君おごるからさ~」

「ゴディパじゃないとやだ」


「それは高すぎでしょ!」


 しょうもない話をしていたら、いつの間にかチカと別れていた。

 ……ちょっとは、元気になってもらえたかな。


 さてと。

 ずっとついてきてるいまりん、どうしようか。





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