~憧れだけで終われない~賞金1億アイドルオーディション

篠騎シオン

これが正しい世界なのだろうか

昔からアイドルというきらきらした世界に憧れるヒトはたくさんいる。


ただ、外面がきらきらしていても、その実なかなか芽が出なかったり、接待を要求されたり。売れたとしても席の奪い合い、足の引っ張り合い、過密なスケジュールに世間からのバッシング。

なかなかどうして、厳しい世界だ。

そんな世界に適応できず、精神を病んでやめていく子たちも多い。


それを見かねたある大手アイドル事務所が100年と少し前、事務所所属前に適性検査を行うようになった。

そう、一般の俺らからするとなじみのある就職試験とかで出るアレだ。

最初は普通の適性検査と同じ内容であったが、闇の深さからどんどんとアイドル適性検査は項目数を増やしていく。

そうして、複雑化し大きくなったソレは人間社会の発展と共に一つの変革を迎えた。



『GAME OVER』


数十以上あるモニターの中の一つが、その表示となったのを目がとらえる。



アイドルの適性検査は複雑化し、その結果技術進歩したフルダイブ型ゲーム技術から端を発した仮想人生シミュレーターによって行われるようになった。

下手な項目あげるより、実際に体験させてみた方が早いってこった。

たった数日で数十年分の人生のシミュレートが出来る。

複数パターンの濃縮したアイドルとしての人生そのものを狂うことなく生き延びた子だけが、現実世界できらびやかな舞台に立つ資格を得るのだ。


実際に人生が壊れるよりはずっといい。そう思うかもしれない。

ただこのシミュ―レーターに自ら入った以上、その影響から逃れることは難しい。

今回は特に。



ゲームオーバーの表示を見て、一人のアシスタントが俺に声をかけてくる。


「プロデューサー、153番のエミちゃんが脱落です」


153番……最近の放送を頭の中でさらって、その子のことを思い出す。


「そうか、人気出て来たところだったんだけどな惜しいな……」


「ですね、俺も推してたんですけど。でもいい絵が取れたんで使えるかもですよ~」


にやりと笑うアシスタント。


「お、それはいいな。編集チームに回しておけ。 ボリューム的に良さそうだったら来週は153番メインで行こう」


「了解です! 最後の花火っていうやつですかね」


邪気のない晴れやかな笑顔をしながらモニターに顔を戻すアシスタント。

俺はその様子に心の中で小さくため息をつく。

こいつは本当に分かっているのだろうか。

153番はもう2度ときらびやかな舞台には立てない。

いや、ゲームオーバー判定が出た以上、本人が絶対に望まないだろう。

経験した記憶自体は本人の希望があれば消してあげることができる。

けれど、シミュレーターの中で感じた恐怖だけは拭い去ることが出来ない。

あの子は、人前に出ることを恐怖し続ける人生を送るだろう。

アイドル適性検査のおかげであの子の肉体は守れている。悪い男に犯されることもなく、無駄に数十年を過ごすこともなかった。

でも、こんなのが正しい世界なのだろうか。正しく技術を使えているのだろうか。


いや、技術自体に罪はないだろう。

いつだって使う人の心が、ソレを悪へと昇華するのだから。


もう一度モニターたちに目を走らせる。

何十、何百もの少年少女たちが自らの全身全霊をかけて、未来をつかみ取ろうと奮闘している。


ふと、モニター横の壁にある電子ポスターが目に入る。

『~憧れだけで終われない~賞金1億アイドルオーディション』


オーディションの応募者を募るものではなく、番組告知のポスター。

それから俺は、自らの電子デバイス内にある契約書たちに思いを馳せる。

震えながらサインしたたくさんの応募者たちの姿にも。


……通常アイドル適性検査の内容は表には出ないし、各アイドル事務所も適正に破棄する契約の上で検査を受けさせる。

けれど、今回は違う。

アイドルデビューと賞金を餌に、彼ら彼女らにシミュレーターの難易度設定を上げることと、それらの映像をどう使ってもいいという契約書にサインさせた。



強制はしていない。

あくまで奴らは自由意志でサインした。違法性はない。

神が許すかどうかは、また別問題だが。


そうした背景からつくられているのが全世界で人気沸騰中のこの番組、『~憧れだけで終われない~賞金1億アイドルオーディション』。

経験した記憶自体を消したところで、ネット上には番組から切り抜かれた無数の映像が出回っている。

地球上、どこへ行っても自分のとった行動から逃れられない。そんな破滅契約。


いつだって使う人の心が、ソレを悪へと昇華する。

技術と世界に間違いはなくとも、俺という存在は間違っていて悪であることは疑いようがない。


でも俺は見たいんだ、魂をかけたきらめきを!!

普通の世界では今や見られない、ぎりぎりな勝負を。

そして、このデスゲームからどんな狂った完璧なアイドルが生まれるのかを。


伸びをして、俺は椅子から立ち上がる。

その瞬間、モニターの一つにGAME OVERの文字。

また一人、夢と未来を失ったようだ。


……あいにく、地獄から死神のお迎えはまだ来ていない。

それまでは、俺はを存分に楽しませてもらおうと思う。

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