第46話 17話(4)

 ここまで言われてもなお、恐怖で声を出せないと弱気でいられるほど俺は腐っていない。

はっきりと、そして目線をピクリとも動かさずにリンデンベアルの方に向けて俺はこの日一番の大声で言い放った。

「これ以上、これ以上罪もない日々懸命に生きている人たちやシスターのことを否定するな!」

ここまで自分の怒りの感情をぶつけたのも初めてかもしれない。

俺にとって、人間という種族そのものを存在する価値のないと断罪されたことは勿論の事、シスターが自分と親しくしている人たちと接してきたこれまでの行動そのものを完全否定されたことに怒りの感情が次から次へと湧き上がってくる。

俺の行動はリデルやサラディアはもちろんのこと、シスターもリンデンベアルも意表を突かれた表情をしている。

「此方はシスタルシアが連れとして行動している人間じゃな。悪いが今は人間の話し相手に付き合う気はない」

やはり俺のような人間には眼中にすらなしということか。

ここで引いてしまうのは恐怖の圧力に屈せずに勇気を絞って言葉を出した意味がなくなる。

そして、吸血族による種族差別に負けてはいけないためにも俺は言葉で戦う必要がある。

「なら、そのまま無視して聞いてもらっても構いません。確かに、あんたの言う通り人間は常に争いの絶えない不完全な生物なのかもしれません。ですが、不完全だからこそ人間は曲がりなりにも必死に考えて生きているんです。そのやり方の善し悪しはあっても、生きるための努力をしている事実は変わりません。それを、良い悪いに関わらず人間として生きているという理由だけで悪と断定し、容赦なく命を奪うあんたの方がよっぽど悪だよ」

俺の話を無視していたリンデンベアルも、流石に自分のやっていることが否定されたことに黙っていることはなかった。

「たかが人間風情がよくもまぁ、私にそのような言葉を投げかけることができるものじゃな。貴様、せっかくシスタルシアに使われているのに不要な言葉で自らの命を無駄にするというのか?」

さっきまで鞘に納めていた刀の刃をちらつかせるようにリンデンベアルは脅してきた。

表情こそそこまでの変化はないものの、声が若干怒りの感情も含んだ声質をしていたことは確かである。

当然、ここで俺は引くつもりはない。

シスターが珍しくちょっと引き気味の表情で心配そうに見つめる中、リンデンベアルの発言に対して主張を述べる。

「俺から言わせれば、何の事情も知らずに人間が悪という偏見だけで何の躊躇もなく命を奪っているあんたらが言えたことじゃない。正直、大した時を過ごしていない俺が言える事じゃないかもしれないが、政治の腐敗とか差別、権力争いなど広い目で見れば人間社会は常に争っていないといけない生物であることは事実なんだと思う。でも、それらの問題は人間同士で駆け寄って試行錯誤していい方向に進めていくものであって、特定の種族が関係なく排除する姿勢はあんたらが掲げている平和のための排除からは真っ向から否定しているんじゃないか?」

リンデンベアルの発言を真っ向から否定するつもりはない。

なぜなら、実際にベラルティア王国がそういう人間の黒い一面を知ってしまっているからである。

それでも、この世界で生活している以上はその黒い一面にも目を背けずに向き合いながら少しずつみんなが納得するいい方向に進んでいくしかない。もちろん、これが素直に出来れば苦労しないという意見が重々承知だ。それでも、少なくとも、リンデンベアルのやり方が適しているとは思えないことは確かである。

俺の主張を聞いてもなお、リンデンベアルがちらつかせている刃が閉ざされることはない。

このままではリンデンベアルが俺たち全員を皆殺しにするのは容易に想像ができる。

「わしからすれば、所詮それはただの綺麗ごとのように聞こえるのがじゃな。だが」

しかし、俺の予想とは裏腹にちらつかせていた刃を再び鞘に納めた。

その後、続けて俺に対して真正面を向き、話を続ける。

「少なくとも今までわしが殺してきた人間たちが死ぬ間際に語っていた綺麗ごとに比べて此方の言葉には少しばかり純粋さも垣間見えたようじゃ。元々、少しばかり顔を見せにきたつもりじゃったが、これは面白い収穫があったものじゃ。シスタルシア譲りかはわからぬが、その純粋な心をいつまで持ち続けられるのか。新しい興が湧いたよ」

意外と言うべきか予想外と言うべきかリンデンベアルはこの場で皆殺しをする様子はなく、むしろほんのわずかながらかもしれないが俺に対して興味を持っているようにすら感じ取れる。

俺とリンデンベアルの考え方は真っ向から対立しているはずなのに、なぜ興味を持たれているのかが理解できない。

「此方よ。最後に名前だけわしに教えてもらえぬか?

リンデンベアルは後ろを向き、去り際に質問を投げつけられる。

「俺の名はローデンだ」

特に拒絶する理由もないので、正直に自分の名前を答えた。

名前を知ったリンデンベアルはどこか不敵な笑みを浮かべながら、独り言のように口を開く。

「ローデンか。お前がこの争いの絶えない世界で本当にわしに言ったことを実行できるのか楽しみにしておるぞ。無論、わしら精鋭の吸血族たちに勝てればの話じゃがな。それじゃあな。次はシスタルシアやローデンとも勝負し合えることを楽しみにしておる」

リンデンベアルはインフェルティエたちを移動させたのと同じ転移魔法陣を展開すると、威圧感を放ったまま姿を消した。

形はどうであれ、吸血族たちによる脅威は去った。

常にリンデンベアルとの戦闘に備えていたシスターもようやくホッとした様子で警戒心を解き、俺のところに駆け寄ってくる。

「ほんと、ローデンはすごい子ですね」

優しい母親のような掛け声と共にギュッと両手で俺のことを包み込むように抱きしめる。

これで、長いようで短いベラルティア王国での戦いが終結したのである。

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