第42話 16話(3)
「相変わらず狂った力だよ。純血って言うのは。接触した生物の血を意のままに操作し、血に繋がっているあらゆる体の部位を自分の思い通りに破壊する。その上、自らの血から錬成される白き純血の力は触れた生物の身体に確実な死を訪れさせる。ほんと、あんたは見た目にそぐわない死神ね」
自分の右手を失ってもなお、シスターのことを褒める余裕があるのはこの程度では自分は負けを認める気はないという強気の証左でもある。
そして何より、シスターによって飛ばされた右手が少しずつ回復し始めている。
「とはいえ、これでも全盛期よりは力が落ちているのは事実ですけどね。実際、本来であれば私の攻撃を食らっていれば吸血族の再生能力も使えないほどの影響はあるはずなのですが、現に再生し始めていますからね」
シスターは謙遜しているが、さらりと今の自分が全盛期よりも力が落ちているという事実に軽く鳥肌が立つ。
あれだけインフェルティエを圧倒できるほどの力を見せていながら未だに底が見えないのは恐怖という言葉さえ軽いように聞こえてしまうほどだ。
そうこうしている間にインフェルティエの右手首が見事に再生しきっていた。
人間の場合、ここまでの再生を行う場合は相当上位に君臨する魔術師でなければまず不可能であり、その魔術師の中でも確実に完全回復や再生を行える人は極少数だとシスターが言っていたことがある。そういうところも、吸血族が最強の座に君臨している理由ともいえるかもしれない。
「さてと。一通り戦ってみてわかったのはこのままこんな狭い場所で戦ったところで、いくらあっても私の血が足りないということかな。あんたと戦うにはこの国は狭すぎる。だから、ここら一帯を火の海に変えて、あんた以外をまとめて焼き払わせてもらう。殺し合いは自由であってこそ成り立つものだからね」
俺たちが戦っている分には十二分の広さだと感じていたベラルティア城内の広場ですら、狭いと思っているのか。
すぐにインフェルティエは自分自分の身体よりも大きい斧を自分の血で錬成し、その斧全体を今まで俺たちが見た中で一番大きな炎を被せる。
「本来は、この国はここに住む人たちから私の血の一部となってもらうための手段出しかなかったんだけど、もうそう言っていられる状況でもなくなった。燃やし尽くす前に血を奪っておかなかったのは多少後悔してるけどまた別の国を乗っ取りに画策すればいい話か」
思い通りにいかなかったことに多少の残念感は抱きながらも、両手に構えた斧をそのまま地面へと振り下ろそうとしていた。
この技そのものを俺は見たことがないが、何となく雰囲気でだけでわかる。
これをまともに食らえば、骨すら残らずに灰になり、国そのものの原形をとどめる事すらないことを。
そんな中でも、シスターは特段表情も感情も変えることなく静かな姿勢を崩していない。
「まさか自分が乗っ取ろうとした国を破壊してまで私に執着しているのは意外でした。ですが、目的のために罪のない関係のない人まで殺そうとする吸血族を野放しにしておく気もありません。そちらがまとめて道ずれにするつもりなら、こちらもそれ相応の一撃で対応させていただきます」
一見すれば、いつもと変わらないシスターの口ぶりのはずなのにどこかいつもよりも怒りやワクワクなどの感情が備わっている気がした。
俺の気のせいかもしれないが、同じ吸血族と戦っていることで吸血族としての本能的な血が湧きたっているのかもしれない。
その直後、この広場一帯に見たことのない純粋な白色の丸い結晶のようなものが宙に浮いている。見た目はほとんど雪と変わらない形である。
同時に俺やリデル、サラディアの身体と心が少しずつ確かなぬくもりに包まれている。
「さて、この両手を合わせるまでに他の一般市民に危害を加えず、なおかつここから手を引いてくれるのであれば、命だけはお助けしましょう。まぁ、無傷で返すつもりはありませんが」
少しずつそれでも確実に純粋な白の結晶の数が増えつつある。
そしてそれは、広場だけに留まらずベラルティア王国内部の隅々にまで拡大している。
インフェルティエも何となくではあるが、その状況を察している様子。
それでも、ようやく本命に出会えたことによる逃したくないというプライドが危機察知よりも上回っていた。
「なるほど。それがあんたの切り札か? いくら、吸血族最強と言われた純血のあんたでも、この技をこの国に住む人全員を死なずに守り切りながら私を殺すことはできないはず。それでもやるって言うならやってみな! 切り札を討つ前に、ここら一帯を灰にしてやるからよ!」
さっきまでのインフェルティエにはなかった急に強気な口振りへと変貌するとタイミングを合わせるように業火にまとった斧を振り下ろす。
そんなインフェルティエの言葉をシスターは要求の拒否と認識し、一度大きく息吐くと、改まった様子で口を開く。
「そうですか。気が変わらないのなら、仕方がありません。白き純血の加護の下、悪しき血を純粋なる魂へと浄化し、新しく生まれ変わりたまえ。純聖なる血浄魂楽(ピュアリティー・レクイエム)」
シスターが両手を合わせるのとほぼ同タイミングでインフェルティエも斧を振り下ろした。
インフェルティエの少しでも振れれば体が解けてしまいそうになるほどの業火と全ての人間に優しさとぬくもりを与えつつ、シスターの純血から放たれた白き光。
互いにものすごい規模と威力を維持したまま、真正面から相殺する勢いでぶつかった。
とても人間同士の戦いとは思えないまるで神と神とのぶつかり合いはいよいよ最終局面を迎えたのである。
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