第36話 15話(1)

 決着はついた。

ベラルティア王国を裏で操り、そこで非道極まりない行動をし続けていたベルクラウスを倒した。

正直、思惑通りに事がうまくいきすぎた感はあるものの、結果的にはシスターから託されたベルクラウスの撃破という目的は果たせたことにホッとしていた。

「やったのか?」

攻撃がぱたりと止んだことを確認しながらリデルとサラディアがこちらに向かってくる。

お互いにベルクラウス相手に直接何かをしたというわけではないかもしれないが、それでも二人がいなければ今回のように思惑通りに事が進むことも、そもそもベルクラルスを倒すことも出来なかっただろう。

「あぁ。でも、こいつを倒すことが出来たのは俺の言う通りにしっかりと動いてくれたリデルとサラディアのおかげだよ。俺一人だけだと、うまくいくことはなかっただろう。本当にありがとう」

俺は嘘偽りなく、正直な感謝の気持ちを二人に告げる。

俺の言葉に対し、リデルもサラディアも謙遜した様子でそれぞれ語りだす。

「感謝を述べるのはこっちの方だよ。俺にとって、あの日からずっと灰色の生活の日々を送ってきた。それがようやくお前、いや、ローデンと言うべきか。ローデンやサラディアのおかげでようやく一筋の光が差し始めたんだからな。この恩は死ぬまで感謝しねぇと」

最初にリデルを見た時からまず想像できない言葉の数々。

もしかすると、リデルの荒っぽい性格は親を殺されたことによって生まれた復讐心の名残だったのではないかと感じる。

「私としてはあのシスターに脅されたから仕方なく協力してあげたまでよ。でも、まさかあなたも『吸血族』の力を持っていたなんてね。ただの連れかなんか程度にしか見てなかったけど、少し興味が湧いたよ」

リデルとは対照的に、サラディアは感謝というよりも自分が半ば強制的にシスターによってベルクラルス討伐に協力させられていたこともあってか相手が違えど、俺に対する感謝の言葉も出てこないのは仕方ないことである。

だが、俺の戦う姿を見て興味を持ったという発言をそのままはぐみとるのであれば、少なからず嫌悪感を抱いているわけではないのは確かだろう。

「なぁ。ベルクラルスはもう死んでいるのか?」

ふとリデルが俺に確認を取る仕草で俺に声をかけてきた。

俺はリデルの確認に対し、首を横に振りながらはっきりと答える。

「いや、死んではいないはず。あのまま放っておけば死ぬと思うけど」

本気で殺そうと思えば殺すことも出来たが、俺がシスターから命じられたのはあくまでベルクラルスを倒すことであり、殺すことは目的としていない。

なので、ベルクラルスには致命傷に近いダメージは与えつつも最低限の会話はギリギリできるくらいに止めておいた。そのために出血によるバフも調整する必要があり、意図的に出血させた左腕の血をリデルとサラディアに飛ばしつつ、特にバフを掛ける必要もない左手と剣にもつけたのはベルクラルスの致命傷のダメージの加減を調整しておく必要があったからである。極論、左腕の血を剣に全振りしてそれを振り下ろすだけで、ベルクラルスはもちろん、下手をすれば城そのものを真っ二つにしかねなかった。

それだけの可能性があるとビッグリーと戦った後にシスターから直接そう言われたのだが、俺自身は正直今もピンと来ていない。

ともかく、俺もシスターもベルクラルス殺害が目的ではない以上、これ以上俺の方から痛めつける必要性はない。むしろ、治癒魔法などで治療させて一連の騒動を含めて聞きたいことが山ほどあった。

そんな中、リデルは俺がベルクラウスにとどめを刺していないことを確認した後、ゆっくりとした足取りで大量の血を流しているベルクラウスの方に近づきながら会話を続ける。

「そうか。じゃあそこに落ちている剣を拾ってくれるか?」

「これか? ほらよ」

「サンキュー。ここから先は俺のけじめの時間だからもう少しだけ待っていてくれ」

リデルの言うけじめが何のことを指しているのかすぐにわかった。

わざわざ剣を拾ってくれと言ったのは自分の親殺しの主格犯であるベルクラウスにとどめを刺すため。

これまで自分が殺したくても王族と庶民という階級の違いはもちろんのこと、それによる実力差が大きかったこともあって、復讐の機会というチャンスすらなかった。いや、仮にあったとしても実行すれば真っ先に捕まって自分の両親のように形は違えど、殺されたのは容易に推測が出来る。

そんな中、やってきた絶好の機会。

リデルにしてみれば、積もりに積もった恨みを一気に晴らせる千載一遇の機会である。

本来であれば、復讐のためであっても人を殺すという行為そのものを許容してはならない。

だが、俺は今のリデルがただ自分の復讐という名の憂さ晴らしのために瀕死に近いベルクラウスにとどめを刺すようには思えなかった。

こう考えるのに至った明確な根拠や理由などはない。ただ直感的に俺はそう思っただけに過ぎない。

「ま、待て……! 今、ここで俺を殺せばお前は、王族を殺した犯罪者になるぞ……!」

致命傷を負った影響でまともに動けないどころかついさっきまでの余裕じみた態度も声も完全に消え去っていた。

そんなほとんど死にかけの犯人を相手に被害者側の人間であるリデルが当然、聞く耳も歩みを止める事はない。

「い、今ここで、俺を殺さずに生かして後ろの2人を殺せば、い、今までの行いをチャラにしてやる……!」

ベルクラウスの命乞いはまさに自分勝手で醜いという言葉が似合っている。

正直、今までこいつが行ってきたことを加味すれば形はどうであれ殺されても仕方がない。

身内の王族たちに理不尽に嫌われていたという部分には同情はできるが、それでもこいつが権力者として裏で次々に人々を粛清していたという事実はそれ相応の罪として罰せられるのは致し方のない話だ。

その罰がリデルによってとどめをさせられることなのかどうかはわからないが。

そうこうしている内に、無言で近づいていたリデルが倒れて動けなくなっているベルクラウスにまたがると、そのまま剣の刃をベルクラウスの首元に突き付ける。

「ま、ま、待て! やめろ! 一生のお願いだ! お前の望みは何だって叶えてやる! だから、その喉元に突き立てている刃をしまえ! やめろ、やめろ~!」

ベルクラウスがかつてないほど必死な叫び声と命乞いに一切耳を貸すことなく、リデルは両手に持った剣を一度上に上げてから下に落とした。

リデルの剣はベルクラウスの喉元を貫くことはなく、ほんの数センチ横の地面に突き刺さった。

「俺にとって、お前はこの先一生許すことのないクズだ。特に悪いこともしていない俺の両親を自分たちの都合で殺したんだからな。俺はあの日からずっと、お前のことを殺すことだけを考えてきた。ついさっきまではな。だが、その考えもお前の発言を聞いて、むしろ俺の手で殺す必要さえも感じなくなった。お前を裁くのは俺じゃない。この国の国民全員だ。それまでお前は、死ぬよりも辛い地獄で惨めな生き恥を晒すことだな」

リデルは恐怖心のあまり、声を出せずにいるベルクラウスにトラウマを意図的に植え付けるような声色で詰め寄った。

結果的には俺の予想が当たった形になったとはいえ、リデルが感情任せに復讐のとどめを刺すのではなく、脅しという形で踏みとどまったのは失礼ながら最初の段階では予想できなかった。

今のベルクラウスにはリデルの発言を覆すだけの力も残っていない。

そんな中で告げたリデルの言葉は、ある意味素直に殺されるよりもきつい精神的影響を与えたのは表情を見れば一発であった。

リデルは地面に突き刺さった剣を抜き上げ、そのまま右手に持ったままベルクラウスの元を離れた。

「これで俺のけじめはつけた。もうこれ以上、他の王族関係者に見られるよりも前にここを離れ……」

リデルがどこか晴れやかな表情で俺たちに話しかけていた直後。

突如として、聞き覚えのない声が背後から聞こえてきた。

「まさかこんなに早くにやられるとはね。噂通りといったところだな」

その声の主はまさかのホムラ令嬢であった。



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