第35話 14話(2)

「え!? ちょ、ちょっと! なんでいきなり自分の腕に傷つけるのよ!」

俺のことを何も知らないリデルとサラディアからすれば、特に攻撃を受けたわけでもないのに自分の身体に傷をつけるのは理解しろという方が困難である。

しかし、そんな俺の行動に対して攻撃の準備をしていたベルクラウスは察した雰囲気で少し意外な様子で語りかける。

「ほぅ。まさかお前も、吸血族から力を与えられし人間か?」

「正確に言えばちょっと違うけど、まぁそんなところだな」

俺の回答にそれまで勝利を確信した表情から一気に真剣な面持ちへと移り変わる。

「そうか。なら、その力の本領を見せる前に殺すまでか」

ベルクラウスは俺の正体が自分と同じ吸血族の力を持った人間だとわかった瞬間、闇魔法をまとった無数の矢を一斉に放ち始めた。

普通であればこれだけの矢、それも魔法を付与された状態で完全に無傷で生き残るのは難しい。

だが、そんな難解の状況も、俺の力があれば話は別である。

俺は左手から流れ込んでくる血の一部を体の皮膚に付着させるように勢いよく飛ばす。

「お、おい! 何すんだよいきなり!」

「さっきから全然理解できないんだけど!」

リデルとサラディアが俺の行動に理解できないのは痛いほどわかる。

その疑問に対し、俺は出来る限り的確に指示をする。

「俺の今までの行動の答えは俺の指示通りに動けばわかる。リデルは追尾してくるであろう矢に対してこの広い広場を使って全力で逃げてくれ。サラディアには遠距離戦ではなく、接近戦で出来るだけ自分がダメージを受けないように立ち回ってくれ」

俺の指示を聞いた二人は何を言っているんだという戸惑いと疑問を浮かべながらも、それ以外にいい案が咄嗟に浮かんでこなかったこともあり、言われた通りに行動を移していく。

すると、それぞれが指示された通りの動きを始めた直後、俺の言葉の意味を理解し、同時にそれまで感じていた戸惑いや疑問を浮かべていたことがどれだけ馬鹿げていたのかを認めざる終えなかった。

「おいおい。言われた通りに逃げ続けてみりゃ、これはなんだ! まるで全ての矢の動きが止まって見えるぞ!」

そこまで特出した運動神経などを持っているわけでも、速さを上げる能力を持ってるわけでもないリデルが普通であればまず避けきれないであろうベルクラウスが用意した無数の強化された矢の数々をギリギリのタイミングで回避しているのである。

そしてこれはサラディアも例外ではない。

闇魔法を付与された矢が一点にリデルの方へヘイトが向いている中、その隙を利用して俺を殺そうとするベルクラウスの前に立ちふさがるサラディア。

仕方なく、自分の前に立ちふさがるサラディアを相手にベルクラウスはあらゆる魔法や近くで落ちていた剣などを利用して、激しい攻勢を続けていた。

だが、ベルクラウスの繰り出すあらゆる攻撃の数々はまるで事前に予知されているのかのようにサラディアにこちらもスレスレとはいえ回避し続けていた。

その理由は至ってシンプルである。

俺が飛ばした血に、特殊なバフをかけておいたからである。

以前、俺がビッグリーを相手にただのナイフ一本で大ダメージを受けたときに薄々感じていたが、俺が混血に適合した時に手に入れた能力は自分の身体から出た血を様々なものに付着させるとそれぞれに応じてバフを付与させられるというもの。

バフと言っても俺自身がどれくらいの数のバフを掛けることができるのかはまだ完璧に把握しているわけではないし、何よりバフ付与以外に別の能力を保持していてもおかしくはない。

しかし、今はそんな自分の中に秘めている新しい力を探っている余裕はないので、対ベルクラウスにはこの力だけで勝負していく必要がある。

話を戻すと、俺がリデルとサラディアにかけたバフは純粋な身体能力強化ではない。

付与したのは反射神経と危機察知能力を極限まで高めたもの。

大袈裟な言い換えをすれば、予知能力を付与したと言っていい。

明らかに強くなったという手応えもないのに、なぜか自分の攻撃が全く当たらない。

かと言って何か厄介な攻撃をしてくるわけでもない。

そんな強い敵ではないはずなのに、自分の思った通りに展開が運ばない。

そうした静かな焦りがベルクラウスには出始めていた。

「なぜだ。なぜ、俺の攻撃がかわされる! まさか、予知能力を持っているのか!」

「予知? 残念だけど、私にはそんな能力はないよ。あったら、多分雇われたタイミングであんたを殺してるよ」

「ちっ。なら、回避すらもままならない一撃を下すまでだ!」

ベルクラウスは怒りに身を任せるように鞘に納めていた自分の剣を取り出すと、自分の体内に秘めている魔力を剣の一点に注ぎ込む。

強大な闇の魔力によって軽く振り下ろしただけで辺りが一瞬で吹き飛びかねない破壊兵器に変わっている。

ずっとベルクラウスの攻撃を回避し続けてきたリデルもサラディアも、流石にこの剣の一撃を完璧に回避しきるのは難しい。

「ちょこまか動く鼠共に、正義の鉄槌を食らわせてやる!」

ベルクラウスが力一杯に剣を振り下ろそうとする直前、俺はサラディアに向けて、大声ではっきりと告げた。

「サラディア! 今すぐそこから距離を取ってくれ!」

俺の短い言葉の意味をすぐに理解したサラディアは瞬時にベルクラウスから距離を取る。

そして、そこから程なくして入れ替わるように俺がベルクラウスの前に飛び込んでいく。

ベルクラウスの剣は勢いを落とすことなくそのまま俺に向かって振り下ろされた。

だが、ベルクラウス渾身の一撃は辺りを全て破壊することなく、地面にまで振り下ろされるよりも前に俺の左手によって見事に受け止められている。

「なっ……! バ、バカな!」

ベルクラウスの表情は現実を受け入れ切れないものそのものだった。

当然と言えば当然の表情である。

あれだけの魔力を剣に注いだのだから、はっきり言って致命傷のダメージを負わない方がおかしい話である。それでも、結果として俺は剣を受け止めたことによる左手からそこそこの出血はあるもののサラディアとリデルも含め、辺りに甚大な被害は出ていない模様。

これも事前に左腕に剣で傷をつけておいた甲斐があった。左腕から出てきた血の半分ほどを、自分の左腕にベルクラウスの強力な一撃を一回きりでも防ぎきれるほどの防御バフをかけておいたことが功を奏した。

そして、左腕から出た残り半分の血は自分の腰に待機させていた剣に付与させている。

同時にバフを掛ける必要性があった以上、少し時間がかかったが先にリデルとサラディアに血を飛ばしておいて正解だったようだ。

後は血をつけておいた剣を、ベルクラウスに向けて振り向けるだけ。

「お前がちょっとリズム崩されただけですぐイラつく短気なクズで助かったよ。俺の考えに乗ってくれたことに感謝する」

「き、貴様ぁぁぁぁぁ~!」

俺の剣は下から上へと振り上げる形でベルクラウスの身体に切り上げた。

一撃を食らったベルクラウスは、血しぶきをあげながらばたりと後ろに倒れる。

まさに、一連の出来事の諸悪の根源であるベルクラウスを倒したのだ。



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