第34話 14話(1)
ベルクラウスの合図とともに戦いが始まる。
奴は手に入れた『吸血族』の力を惜しみなく使い、赤い血で錬成したナイフを次々と俺たちに飛ばした。
最初のベルクラウスの攻撃に対し、すぐにサラディアが自身が持つ雷魔法で完璧に打ち消した。
「あら? 吸血族の力とやらはこんなものかしら? この程度だって言うなら、少なくともあんたが殺しに行くように言ってた聖女の方がよっぽど強かったわよ」
たかが一発防いだところで煽りすぎではと思うが、確かにサラディアがそう言いたくなる気持ちは理解できる。
シスターがあまりに強すぎるということもあるが、やはりベルクラウスがそもそも『吸血族』と思われる女性から力を授かっただけにしか過ぎないのか、披露してきた技全てがシスターの錬成したものと比べるとどうも劣っているように感じる。
とはいえ、血を使った攻撃が全く厄介ではないと言うわけではないので、とにかく用心するに越したことはなかった。
「まぁこれはほんの小手調べだ。この程度の攻撃ではお前たちは倒せないことがわかっただけでも充分だ。だが、俺が必ずしも『吸血族』の技しか使わないと言ったか?」
ベルクラウスは心理的余裕があるのか不敵な笑みを浮かべるとともに、右手を前に差し出すと、詠唱を唱えることなく闇魔法と思われる波動を放った。
今度はさっきの血を使った攻撃とは違い、まともに食らえば瀕死の重傷を負うこと間違いなしの威力だと直感的に感じ取る。
「リデル、サラディア! 避けろ!」
俺が合図をした直後、リデルもサラディアもすぐに危機を察知し直撃するよりも先に本能的にベルクラウスの魔法を回避した。
やはりというか、ベルクラウスはただ何の魔法も持たずに『吸血族』の力を手に入れただけの人間ではなく、ちゃんとそれなりの魔法は使える様子。
シスターが以前、王族関係者の多くは実力に差はあれど、ほぼ全員が何らかの魔法が使えるという話を聞いたことがあった。
その噂はやはり本当だったようだ。
「ほぅ? この俺の闇魔法をただの反射神経だけで回避しきるとは。これなら操り人形の駒用に何人か兵士を残して足止めしておくべきだったか。まぁいい。どうやら俺も久々に力を思う存分発揮できる相手が見つかって嬉しく思うよ!」
今度は自分が意図的につけたかすり傷から小さな血でできた矢のようなものを錬成させ、それを自身の持つ闇魔法と組み合わせる。すると、ただの血でできた矢が闇属性の魔法をまとった矢へと変貌を遂げた。
これは推測になってしまうが、ベルクラウス自身によるある種の即興に近い形の吸血族の力と自身が持つ魔法を融合させたのだろう。
「おいおい。いくらなんでも無限に生成される矢だけでもやべぇのに、それに攻撃力の高い闇魔法を付与されたら逃げ切れる気がしねぇぞ!」
「それは私も同感ね。最初みたいなただの矢だったらまだしも、この数+闇魔法をまとった矢を私の魔法で全て凌ぎきれるとは思えない」
ベルクラウスの本気を目の当たりにしてリデルもサラディアもちょっと腰が引けているように見えた。
流石に一国のナンバー2というだけはあって、強そうな風格は見せている。
それでも、決して油断をしているわけではないがシスターの絶望的すぎる実力を見た後だと、俺たちなら何とかできるのではないかという不思議な自信が溢れ出てくる。
そしてそれは、リデルとサラディアも同じようで多少ビビってはいるものの圧倒的絶望を察知してしまうほどではなかった。
「サラディア、リデル。正直、俺たちが真正面からベルクラウスと戦っても軽傷じゃすまないだろう。それに、シスターが俺たちに任せたのはちゃんとした立ち回りをすればベルクラウス相手でも勝てることを見越していているからこそ、託したんだと思っている。だからこそこの戦い、俺の指示通りに二人は動いてくれないか?」
出会ってほとんど日が経っていないにも関わらず、こんなことを言うのはかなりの上から目線であるということは重々承知している。
それでも、下手に各々がベルクラウスに攻撃していく形で、個が劣る状態で戦い続けて常に1対1の状態を続けていくよりも、うまく3人で連携を合わせながら3対1の形勢を続けていきつつ、いざリデルかサラディアのどちらかがピンチになった場合もタイミングで俺がカバーに入り、シスターがくれた混血の力でベルクラウスとの1対1の差しに持ち込む。
口で言うのは簡単だが、いざ実行に移すとなると中々難しいことはわかっている。
それでも、シスターがベルクラウスの撃破を俺たちに託してくれたのはそれだけの期待とチャンスをかけてもいいという確信があったからこそ。
そのきっかけを俺自身の「自信がない」という短すぎる言葉と感情で潰しちゃいけないと感じていた。
「何かあいつを倒すためのいい案があるのか?」
リデルが3人にしか聞こえない声量で俺に聞いてきたので、俺の中で考えていることを全て話した。
その考えを聞いたリデルとサラディアは、特に俺の考えに反論したりする様子もなくむしろその考えに賛同する素振りを見せた。
「なるほどな。要するに、真正面から戦うよりもお前の力の可能性に賭けて戦えってことか」
「端的に言えばそういうことになるな。まぁ自分の親殺しの犯人が目の前にいて、自分の手で復讐を優先したいって言うのなら俺は止めるつもりはない」
「俺は周りの意見を無視してでも復讐を果たしたいわけじゃねぇよ。そもそも、あいつを正面から殴り合いで勝てると思ってねぇし、力を貸してくれるならこれ以上にありがたいことはないぜ」
この言葉を、俺はリデルが自分の作戦に協力してくれるという承諾を意味していると考えた。
まぁ、リデルがベルクラウスにから自分がリデルの両親を殺した犯人であるとバラされたときに俺たちを無視して殺しに行かなかった時点で心の奥底はわからないが、少なくとも頭はちゃんと冷静だったということの証左であろう。
「私もそいつと同意ね。私の雷魔法だけじゃ、せいぜい先が見えてるのはわかりきったことだし。それに、あの化け物クラスに強いシスターがあんたのことを一目置いてくれているらしいし、その本気とやらを私は一目見てみたいし」
サラディアも今の自信の実力ではベルクラウスを真正面からねじ伏せられるほどの力はないということを自覚しており、同時にシスターに気に入られている俺の実力をこの目で確かめたいという好奇心が透けている。
ともかく、これでリデルとサラディアから協力の了承は得られた。
ここから先は、俺にかかっていると言っても過言ではない。
「二人とも、素直に俺の意見に賛成してくれたことに感謝する」
俺は傍で倒れていた剣を手に取ると、そのまま自分の左腕に深手を負わない程度の傷をつけ、自らの血を流した。
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