第32話 13話(1)

想像を絶するという言葉では片付けられない光景。

俺たちはどう声をかければいいのかわからない。

この世のものとは思えないほどの地獄絵図に俺たちは固まってしまっていた。

「兵士たちが城内にほとんど見当たらなかった時点で、ある程度覚悟していたけど……。まさか、ここまでとはね。これも、あんたの仕業なの? ベルクラウス」

サラディアがようやく静寂を破るように口を開き、ベルクラウスに話しかける。

もう状況証拠でいえば、言い逃れはまずできないがベルクラウスは何を語るのか。

「まぁ全てが全て、俺が仕組んだと言うわけではないが……まぁ、そうなるな。この状況で苦し紛れの言い訳をするほど俺は落ちぶれていない。そこで無惨に死んでいる王様も俺の手で葬った」

言い逃れが出来ないことは本人もわかっているようで、流石に素直に自分がやったことを認めたか。

それにしても、まさかこの国の王であるバティス王ですらも容赦なく手をかけるほどとは。

ベルクラウスという男が非道で狂っていることは察しがついてはいたとはいえ、まさかここまでとはな……。

「さてと。せっかくお前らが来たんだ。少しばかり、質問に答えてやろう。どうせ、これを見てしまった以上はお前らをテロリストとして吊るし上げるつもりだからな」

自分が犯した殺人現場を見られてもなお、この余裕。

流石は裏でテロリストと協力して反対勢力を粛清していただけのことはある。

均衡を保っていた天秤が悪い方に振り切ってしまうほどの諸悪である。

とはいえ、一連の騒動の真相を知っておくために俺たちも少しはベルクラウスから色々と話を聞き出す必要がある。

「それじゃあ、単刀直入に聞きましょうかね。私自身があんたと裏で繋がっていたからこんなこと聞くのもあれだけど、いつからこの国を乗っ取ろうと思ったわけ?」

最初にして一番肝ともいえる質問。

ベルクラウスがただ何の理由もこんなことをするとは思えない。ましてや誰にもバレないようにテロリストを利用しているなんて真似、それ相応の理由がなければまず選択しないであろう手段である。

もっと言えば、そもそもこの国で産まれたわけでもないベルクラウスがなぜ国王と最も距離が近いナンバー2という地位を手に入れることが出来たのか。

正直、聞きたい方が山ほどありすぎる。

「俺がこの国をこの手に収めたい理由。それは復讐のためさ。この俺を散々なまでに馬鹿にした無能な王族共のこの手で二度と空気を吸うことさえ許されないようにするためさ」

ベルクラウスのあまりにも漠然とした理由に俺は唖然としてしまう。

具体的な話を聞くまではまだ結論を出せないとはいえ、いくらなんでもこんな自分勝手な私情のためにリデルの両親たちも含めて多くの人間が殺されていったのと思うと広場で見せたリデルのベルクラウスに対する殺意にも納得がいった。

実際、俺の隣にいるリデルは暴走しないように今は静かに怒りを噛み殺しながら、殺意の眼差しを見せている。

「この国は俺が派遣としてやってきた時から想像以上に腐っていてね。特に俺のような外部からやってきた人間には恐ろしいほど容赦なかったよ。俺が挨拶しても無視するのは当然、質問や教えてほしいとお願いしても無視、それで済めば可愛いものだったが次第に陰湿なイメージはエスカレート。見せしめと言わんばかりに毎日理不尽な暴力に振られる日々。やってもない悪事を俺がやったように吊るし上げられる。そのあまりにも鎖国的すぎる当時のこの国の実情に俺は失望したよ」

ベルクラウスが来た当初、この国が鎖国的な体制だったのはかなり意外である。

だが、もしそんな背景があったのであればこの国出身であるリデルかサラディアがそのような国内部の実情があったことを経緯として話していてもおかしくないのが妙に引っかかる。

「サラディア、今の話は本当なのか?」

「いや、私がここにやってきたのは先代が死んでバティス王が国王になって直後だからそれより前の事は知らないな。確かバティス王が国王になったのも5年前くらいのはずだし」

バティス王が国王に即位したのが5年前でそのタイミングでこの国にやってきたのであれば、ある意味サラディアもベルクラウスと同じ外部からやってきた人間ということになるわけか。

ここに来て新たな事実発覚である。

それに対してリデルは産まれてからずっとこの国で過ごしてきたので、リデルの口からベルクラウスの話が本当かどうかわかってくる。

「その話、お前が言うとどうも胡散臭く感じるな。俺の父親が一部の王族関係者と商業関連のやり取りをしていたけど少なくとも父親の方からそんな話を聞いたことはなかったぞ」

リデルの話はベルクラウスの話していた内容とは異なったもの。

自分はあくまで被害者だったと話すベルクラウス商人だった父親の証言からそれ発言が嘘だというリデル。

俺としてはリデルの肩を持ちないのだが、現実的な話を言えばそれを裏付ける証拠がないのが現状だった。

「ほぅ。誰かと思えば、あの時のガキか。それも、俺が殺したあのクソ商人の。あの時、見せしめに殺しておくべきだったか」

「ふざけるな! お前が裏でテロリストとつるんで自分たちと対立していた王族たちを始末しまわっていたのは知っているぞ! 俺の父親はそれを知ってたから武器の密輸を拒否した! それを反逆と捉えたお前が俺の父親と母親を殺したんだ! 武器を密輸してテロリストに渡そうとしたという濡れ衣を着せてな!」

ベルクラウスの見下すような態度と発言に対して、リデルのずっと溜めに溜め込んでいた怒りが爆発した。

なぜそこまでリデルが王族に強い恨みを抱えていたのか、それは単純に親を殺されたからという怒りと復讐心による感情的なものだけではなかった。

リデルが本当に怒っているのは、王族たちはベルクラウスがテロリストという名の殺し屋を利用して手を汚していたという事実から目を逸らして黙認していたこと。

自分たちが生き残りたいがために理不尽に殺される人々の死に目を瞑るのは致し方ないと黙り込んでいたことが許せなかったのである。

「よくそこまで調べたな。そこまで知っているなら俺が詳しく語るまでもないな。まぁあの商人は知りすぎた。世の中、知っていい真実と知ってはいけない真実というのがある。それをあの商人は知ってはいけない真実を深淵深くまで探ろうとした罰だ。そして、知ってはいけない真実というのがこれのことだよ」

ベルクラウスはそう話を一旦締めくくった後、右手で持っていた剣を使って自分の左手に傷をつけた。すると、流れだす血は魂を付与されたかのようにゆるゆると動き出し、そしてあっという間に鋭利な赤いナイフへと変わった。




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