第29話 12話(1)

 当日。

昨日は早い時間に眠ったこともあって、今朝はかなり目覚めが良かった。

朝目を覚ますと、そこにはさも当然かのようにシスターがいた。

「シ、シスター! いつ帰ってたんですか!? というか、昨日は何をしに?」

たった一日しか経ってないはずなのに、どこか半年ぶりくらいに顔を合わせたような感覚で思わず質問攻めをしてしまう。

それは、既に起床していたサラディアとリデルも同じで、シスターが半日近く姿を見せなかったのは間違いなくそれ相応の理由があると俺たち3人とも意見が一致していた。

本来なら、より作戦の成功度を高めるためにここで何しに行っていたのかここの3人に話しても良さそうなのだが、シスターが正直に打ち明けることはなかった。

「それは今日の動きを進めていたらいずれわかります」

『吸血族』関連の話題でもないのに、正直に自分の話をしないということは、それだけ自分の仲間にすら話したくない『準備』というものが相当なものであるということはわかる。

「シスターが何をしてきたのかわからないけど、俺たちのために動いてくれるということは確かだと思う。だから、今は俺たちが俺たちのできることをやろう」

サラディアとリデルに対し、緊張感をほぐすという意味合いも含めた決意表明によって、二人はシスターが何しに行っていたのかを問い詰めたりすることもなかった。

むしろ、これ以上話させようとしたところでシスターが口を割ることはまずないということをある程度確信した上での諦めの気持ちも含まれていそうではあるが。

その時だった。

小鳥のさえずりだけが気持ちよく鳴き響く、起きるのには最高の朝だったのが突如として聞いたこともない爆発音が聞こえてきた。

「な、なんだよ、今の音!」

「今の爆発音か! 一体どこから!」

普段の日常生活ではまず聞こえてこないであろう爆発音。

リデルとサラディアがどこで爆発したのかすぐに窓を開けて確認する。爆発した場所を確認した直後、リデルとサラディアの表情が固まり、言葉を失い絶句した。

その様子を見て、俺もリデルとサラディアに譲られるように窓の外がどうなっているのかを確認する。

そして、爆発が起きた場所をこの目で確認すると、俺はぽつりと言葉が口からこぼれ出た。

「おいおい。嘘だろ」

その目に飛び込んできたのは、この国のシンボル的存在としてそびえ立っていたベラルティア城の一部が、黒い煙が空高く舞い上がりながら、燃えていた。

ヴァンロード聖教会の時とは違って、城を覆い尽くすほどの炎は燃えてはいないものの、俺たちを含めたこの国全員に対してあまりにも大きすぎる衝撃を与えるには十分だった。

俺たちが想定外の出来事に絶句して立ち尽くす中、シスターは爆発直後こそ、わずかながら驚きの表情を浮かべていたもののすぐに考えられる可能性を頭の中で思考し、そこから考えられる仮説を提案する。

「おそらく、今の爆発はベルクラウスが仕掛けたもの。まさか、自分たちが住んでいる城を爆破させてくるとは思いませんでしたが、これで少なくとも国内は大混乱に陥ることは間違いないですね。下手をすれば、城内にいた兵士たちが犯人を掴めるために城内部の警備の警戒度を上げたり、城外にも兵士たちを送り込んでくる可能性も否定できません」

実際にどこが爆発して、誰が爆破させたのかもわからないのにここまではっきりと犯人がベルクラウスであると断言しているのがいかにもシスターらしい。

事実、俺たちが一連の黒幕がベルクラウスであると言っているのもそれは極論を言えば推測を辿った上に出した一つの仮説という名の結論でしかない。

万が一、犯人がベルクラウスじゃなかった場合、俺たちは十中八九国家転覆を企てた反逆者ということになる。まぁ、その可能性は流石にないと思っているが。

「どうする? もし兵士たちが街に流れ込んできたらうかつに隠しルートに出るまでの外のルートが制限されやすくなっちゃうけど」

サラディアがこの爆発の影響による城内の侵入がめんどうになることを懸念するのは当然の事。

失敗という失敗が許されない以上、少しでも高いリスクが伴う行動は減らしながら進まなければいけないのだがこれは流石に予想外だと言われても仕方ない。

だが、シスターは違った。

ずっと近くで黙っていたイフォバットを呼びつけ、俺たちに一つ提案をする。

「なら、その場所まで瞬間移動をしてあげましょう。どういう隠しルートで動くのかなどは事前にこのイフォバットから聞いていますので、その一歩前までのところまでなら構いません。元々、町に兵士が流れ込んでくるのは予想していなかったでしょうし、これくらいなら協力しても問題ありません」

まさに、想定外の事態に差し込んできた一筋の光。

というか、この場面でシスターの方から手助けをしてくれるのが意外である。

いつもなら、俺たちの成長を優先するために深く介入しないという姿勢を取りそうなのに、自分から助け舟を出したのは、実にシスターの優しさが垣間見える。

となれば、俺たちの選択肢は自然と決まっている。

「シスター、『IF』ってお店の中まで瞬間移動をお願いします。そこから先は出来る限り俺たちの手で頑張りますので!」

「フフフ。流石は混血の適合を乗り越えたことはありますね。いいでしょう。イフォバット、彼らを『IF』の中まで瞬間移動させてあげてください」

シスターの命令を聞いたイフォバットは主人の命令とあらば仕方ないと言わんばかりの表情を浮かべながらもすぐに見下したような目で答える。

「了解! お前ら、ここから先は俺様に感謝の首を垂れ……いてっ!」

「相変わらず『吸血族』と主人である私以外に対して見下したような態度と発言は慎むべきですよ」

イフォバットの態度に対して俺は特に不快だと思ったことはないのだが、こうして真面目にシスターが注意をしてくれるのも、俺たちが変に気持ちを不安にさせないように配慮してくれている。

「さ、あまり無駄話に花を咲かせている暇はないでしょう。イフォバットの近くに集まってください」

俺たちはイフォバットの近くに集合すると、俺たち3人を青い光で包み込まれる。

「では、また後でお会いしましょう。幸運を」

俺たちがイフォバットに瞬間移動させられる直前、シスターの呟いた言葉と表情は子供のひとり旅を温かく見送る母親そのものだった。


イフォバットの瞬間移動はものの数秒で完了した。

「お前ら。移動は完了したぞ! 後はシスターの言う通り、お前たちで何とかしろよな! それじゃあな」

イフォバットは一方的にそれだけを告げると、再び瞬間移動で消えていった。

さっきの青い光と下に書かれていた紋章のようなものがあったのを見るに、転送系の魔法を使ったのだろう。まさかイフォバットの方も魔法が使えたとは思わなかったが。

場所はサラディアが言っていた『IF』というお店の中で、しかもご丁寧に城へと侵入するための隠しルート前にまで移動してくれた。

偶然にも、この日がお店の休日だったこともあり、店長やお店の人は不在だったとはいえ、この爆発騒動があった後ではまともにお店を運営することは厳しかっただろう。結果論ではあるが。

「それじゃあ、さっさとこの隠しルートから侵入するわよ。後、確認するまでもないけど、今更ここで日寄って引き下がるって選択肢はなしだからね?」

「安心しろ。俺はそんな腑抜けた覚悟で王国と戦いに来たわけじゃないからな」

「俺もリデルと一緒です。これ以上、平和な国の裏で罪もない誰かが一部の人間によって理不尽に死んでいく現状を止めるために来た。人が死ぬ瞬間、この目で見るのはもうたくさんなので」

俺もリデルも既に覚悟は決めている。

その中に秘めている想いに違いはあれど、ベルクラウスを倒したいという気持ちに変わりはない。

その思いをはぐみとったサラディアは特にそれらに言及することもなく、隠しルートの扉を開く。

「それじゃあ、行くわよ」

俺たちはサラディアを先頭についに城内部へと繋がる隠しルートを歩き始めた。

しかし、俺たちが必死に裏から侵入しようとしている最中、城内は想像以上の地獄絵図になっていることをこの時の俺たちが当然知るわけもなかった。



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