第21話 7話(2)

想定外の邪魔が入ったことによって暗殺を実行できなかった刺客は、シスターの穏やかでその裏に潜む確実な恐怖に腕が震えていた。

リデルもローデンも、間近でそんな死闘が行われているなんて伊豆知らず、深い夢の中へと眠っている。

「貴様……一体何者!」

刺客の女の子はターゲットに気付かれないレベルの大きさで呟くと、左手から別に用意していた短剣を取り出すと、強引な振り向きざまにシスターに突き刺そうとした。

しかし、シスターはその奇襲にも難なくかわすと即興で錬成した血の縄を作り上げ、それを足元付近に罠として仕掛ける。そして、刺客の女の子がシスターに近づこうとした直後に、罠を起動させると、見事に女の子は縄によって足を縛り付けられ、そのまま勢いよくしりもちをつかせた。その隙を、シスターは見逃すことなく今度は瞬時に逃げ出さないように上に乗りかかる。そして、女の子が咄嗟に手放した短剣を瞬時に取り上げ、全くと言っていいほど無駄な手際を見せることなく、あっという間に女の子の喉元付近へと短剣の刃を寸止めさせた。

もはやどっちが殺し屋の刺客なのかわからない動きのこなしに、女の子の方が動揺を含んだ驚きを隠せない様子である。

こんなに殺伐とした状況になってもなお、眉すらピクリとも動かすことないのは今日の一連の出来事があまりにも内容が濃すぎて、相当精神的に疲労が来ていたからなのだろう。

「さてと。これであなたの生存権は私の手によって握られたと言うわけですか。どうしましょうか? 正直にこの国のことも含めて情報を言ってくれるのなら無傷で帰してあげます。それが出来ないのであれば、あなたの喉に突き刺します」

実質選択肢が一択しかない脅しをシスターは女の子に突き付ける。

もうほんの数センチ下に刃を降ろせば、喉を貫通して即死すること間違いなしの近さに一文字でも言葉を間違える事の出来ない凄まじい緊張感が走る。

「脅したところで無駄よ。あたしが単体でここに乗り込んだと思ってるの?」

喉元に脅しの刃を突き付けられてもなお、自らの死を覚悟してでも強気な姿勢を崩さない女の子。

あのわずかな時間で圧倒的な実力を見せられてもなお、シスター相手に強気な姿勢を崩さないのはある意味自分が刺客としての自覚があるからかもしれない。

普通の人間であれば、警告に対して警戒の一つや二つを行ってもおかしくないのだがシスター相手にそんな揺さぶりは無駄以外の何物でもなかった。

「なるほど。あなたが例えどうなろうと手を出した段階で私が殺されてもおかしくはないと。ですが、それは残念です。まさか、私がわざわざあなたにだけこの部屋に侵入を許したかと思いましたか?」

「何だと? それはどういう意味だ?」

「こういうことです」

シスターは不敵な笑みと共にパチンと指を鳴らし、部屋の外の状況を彼女に見せる。

その光景を見た刺客の女の子の表情が全てを悟った絶望の表情に変わった。

視界に飛び込んできたのは背後に後始末や暗殺に手間取った際の保険的な意味合いで待機させておいたテロリスト部隊数人が、いつの間にか辺りにおびただしい量の血を流して倒れ込んでいた。その様子から察するに、生きている人間はまずいない。

あくまで保険で用意しておいた部隊だったとはいえ、ずっとこの部屋で待機していたシスターにはここまで静かに部隊を殲滅させる時間も手際もなかったはず。

それでも、結果的には自分たちの計画を全てシスター一人によって完璧なまでにテーブルをひっくり返されたという事実にショックという言葉で言い表せない失望を与えていた。

「あなたは想定していなかったのでしょうけど、あなたたちが武装した姿でこんな深夜に関わらずこの宿に入っていくところも含めて襲撃してくるという情報は私のペットに筒抜けでした」

シスターの肩の上に乗っているイフォバットがいつも以上にイキっている様子で女の子を見下している。

しかし、先ほどの光景とここまでの圧倒的なシスターの動きを見せつけられていたことによって、女の子は子どものような煽りにも反抗することが出来なかった。

さらに、精神的ダメージを与えんと言わんばかりにシスターは喉元に突き付けた刃を一ミリも動かすことなく話を進める。

「本来であれば、宿に侵入してくるよりも前に先に殺してしまっても良かったのですがそれだと、せっかくここまで来たのに貴重な情報すら獲得することなく自らチャンスを潰してしまいます。なので、情報を聞き出すためにあえてあなた達を泳がせることにしました。そして、それは一人で充分なので最初に飛び込んできた一人以外には死んでもらうために部屋に入るドアノブ付近に人の目では視認できないほどの血をつけて罠を張りました。もちろん、時間差で近づいた瞬間に最初に触れた人以外が死ぬように細工をした状態でね」

「ということは、私はその情報とやらの収集のために今生かされていると」

シスターの言っている言葉が嘘である可能性もさっきの光景を見た時点で不可能だと察知したのか自分が今、置かれている状況も理解している様子だった。

実際、シスターはローデンとリデルが眠りについて程なくした後に、自分の血を外のドアノブ付近に付けており、男たちが叫び声一つ上げずに死んだのも仕掛けた罠が声一つすら上げることを許さないほどの即死性の高いものに細工したからこそであった。

あらゆる可能性を模索してもなお、その可能性の全てを徹底的なほどまでにシスターが先回りして潰しているという現実に刺客の女の子も含め、既に万策が尽きた状況かと思われていた。

「なるほどね。喉元に刃を突き付けられ、さらには保険で用意しておいた部隊も先回りされて壊滅。まさに、情報を吐くという選択以外には存在しないというわけか。だったら、何も果たせずにここでくたばるよりも最後の最後まで抗うまでよ!」

刺客の女の子は一か八かの大勝負に出た。

喉元に突き付けられた刃を右手でガッチリと掴み、瞬時に顔の真横に突き刺すと、見えないように別で隠していた刃をシスターの顔面に向けて突き刺そうとする。

流石のシスターでもこの抵抗は予想できていなかったのだろうか、咄嗟に回避することが出来ずに、右腕に切り付けられた。

切り付けられた個所から、血が飛び散り、刺客の女の子の服にシスターの血が付いた。

その後、女の子はすぐにシスターから距離を取りつつ、壁際に背中を預けている。

普通であれば、一か八かの逃走に打って出るということも考えられたがその安易な逃げの選択は取らずに、出血した右腕を抑えているシスターに向かって、右手を前に差し出す。

「何の真似でしょうか?」

「あんたのあの殺し屋顔負けの腕の良さと実力をこの目で見てしまった以上、逃げる選択をしたところであんたがあたしをそのまま逃がしておくはずがない。だったら、ここで自分の課せられた任務を果たせずに死ぬくらいなら腹くくってここを丸ごと吹き飛ばしてでも任務を全うする! あたしには、あたしにはそういう生き方しかできないから!」

女の子は自らの死すらもいとわない覚悟の下、かなり手慣れた様子で魔法陣と魔法の詠唱を始める。

彼女の唱えた魔法が、そこら一帯を一瞬で塵に変えてしまうほどの強大な威力を持つ雷魔法。

仮にこの攻撃を耐え忍んだとしても、シスター以外の人間はまず助からないだろう。

もしこれが、自分自身の事だけを考えるのであればあえて彼女に魔法を発動させてから、最後彼女を殺してしまえば、自分だけは助かり、それ以外の人間は死亡するというシスターにとってはかなり都合がいい展開になる。

しかし、シスターは今真横で寝ているローデンと共に旅を始めたばかり。ローデンを見殺しにするのは約束を破るのと同義である。

だからこそ、シスターは万が一刺客の女の子がやけくそで攻撃を行う可能性もちゃんと考慮していた。

女の子が魔法を詠唱している最中、不意にかつてないほどの眠気が襲い掛かってきた。

「ぐっ。な、なんで、こんなタイミングで眠くな……」

即効性の高い麻酔を注射されたかのように、女の子は魔法の詠唱と魔法陣の展開をやめ、その場でばたりと倒れ込んだ。

シスターは切り付けられた腕を自己治療しながら、ローデンたちが起きないように静かに、そして不敵に独り言を語る。

「私が何のリスクもなしに傷をつけさせると思っていたようですが、甘かったですね。こうなることも予測して切り付けられた際に飛んだ自分の血に即効性の強い睡眠作用を含んだ血を含ませておきました。あくまで人間相手でしか使えないのですが、これでも充分でしょう。それでも、私の身体に傷をつけさせたことは誇りに思ってください。なんせ、私の身体に人間相手が傷をつけたのは数百年ぶりなのですから」

その時のシスターの目はいつもの優しい眼差しとは違った、かつて自分が全生物に行ってきた『罪』に対する過去の時代を蘇らせる眼差しだった。



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