第19話 6話(2)

 リデルの過去に関する話を聞いた直後、とてつもなく重苦しい空気が流れる。

何となく親を殺された話をする時点でこうなるのはわかっていたが、思っていた以上である。

「それで、死んだ父親から渡された封筒にはなんて書かれていたんですか?」

そんな重苦しい雰囲気にも構うことなく、シスターはリデルに父親から渡された封筒の内容について問いただす。

人によっては空気を読んでいないと思われるかもしれないが、俺達が知りたい情報はリデルの両親が殺された後の行動にある。

協力するにしても、封筒の中身が具体的にどのような内容なのかは知っておかなければならない。

シスターの要求に対して、リデルは意外にも特に嫌がる様子もなく、ポケットに隠し持っていた封筒をシスターへと差し出した。

「それにはまず、その封筒の中身を確認してもらう必要がある」

リデルに渡された封筒を手に取り、慎重に中身を開く。

封筒の中身には、誰かのサインとハンコらしきものが押された紙が一枚。

パッと見ただけでは、具体的に何について書いてあるのかは読み取れない。

そんな頭中に?だらけになっている俺とは対照的に、シスターは一通り内容を読み終えると、どこか納得した顔つきで言葉に出し始める。

「なるほど。そういうことでしたか。この封筒に入っていたのはあなたの父親が死ぬ直前に交わしていた何らかの商品の取引に関する契約書。相手はベルラティア王国の王族で、ハンコと共に押されているサインの名前はベルクラウスと国王バティスと」

シスターが書類の内容を簡潔に説明してくれたことでなぜリデルが王族たちにあれだけの殺意を向けていたのか理解できた。

それでも、詳しい話は一度リデル本人の口から聞いた方が良さそうだ。

「その封筒は俺の父親が死ぬ直前に取引の関係者向けに交わしていた契約書。取引の内容は武器の密輸。元々、ベルラティア王国は『いかなる理由であっても戦争をしない』という国の方針の都合上、武器の密輸を禁止していて、王国に忠誠を誓った騎士を除けば、まともに武器を所持することすらも禁止している。それが実際は表向きでは禁止していた武器の密輸を行っていた。理由まではわかっていないが、非合法にわざわざ武器の密輸を行うってことがろくでもないことに使われるのは明白。父親はそれを自らの命を犠牲にしてでも守ったんだ」

武器の密輸の話がもし仮に本当だとすれば、ベルラティア王国は裏で密輸した武器を使うことは国の方針である『反戦』からは全く遠ざかっていることを意味していた。

これだけでも、ベルラティア王国にとっては相当なスキャンダルである。

さらにリデルは続けてこう付け加える。

「まぁ俺の父親も正直、商売の関係上、グレーゾーンな商品を扱うことがあったのは話で聞いていて完全に自分の父親が潔白である!という確証は俺にもできない。けど、それでも国の方針に背くような商売をする事は俺の父親は絶対にやらないはずなんだ。その証拠が、この封筒だと俺は思っている」

リデルも完全に父親が白であるということを言及しなかった辺り、父親から仕事に関する正直な話を聞いていたのかもしれない。だから、グレーゾーンの商品を扱っていたということを触れた上で父親の遺言を信じることにしたのだろう。

そして俺も、リデルの話を聞いてより一層彼を信じたいという想いが強まっていく。

それとは対照的にシスターの表情は納得こそしてはいたものの、完全にリデルのことを信じたわけではない様子。

「あなたの話を聞いた上で私たちの考えていた可能性を示し合わせれば、色々と辻褄が合います。私たちのことを襲ったテロリストたちがやけにしっかりとした装備で簡易とはいえ魔法も扱えていたところを見るに、事前に国から武器を支給されていたのであれば納得も行きます。しかし、そんなに大事な機密情報をどうしてあなたのお父さんはあなたに渡すことが出来たのですか? そんな大事なもの、ベルラティア王国側はまず間違いなく証拠隠滅を図ったはずです」

シスターの言う通り、なぜお父さんはベルクラウスたちにバレることなくサイン入りの封筒を残すことが出来たのかという疑問はある。むしろ、そんな重大な情報を自分の子どもに渡していると知れば、リデルはまず間違いなく現在まで生き残っている可能性は低かっただろう。

そんなシスターからの指摘にも、リデルはあらかじめ予想がついていた様子で腕組みをした状態で答える。

「それについては大丈夫。俺の父親は少し前から王国の黒い噂を聞いていたから、あらかじめこの書類は別の形式で2つ用意しておいたんだと思う。一つは王国に提出する用、そしてもう一つが武器の密輸に関与している組織に提出する用に。俺が持っているのは、おそらくは武器の密輸に関わっている奴らに渡す予定だったもので、王国側が自分たちには関係ないものだと断定して、把握していなかったのかもしれない」

リデルの話を聞いて、シスターは頭の中で情報のパーツを組み合わせながら、ようやく腑に落ちた表情で結論付けた。

「なるほど。今の話を聞いた上でまとめると、父親は前から王族たちが秘密裏に武器の密輸を行っているのを聞いて、実際に本当かどうか確かめるために王族たちと直接話を聞きに行った。そこで一連の話が本当だと結論付けた父親は、王国と繋がっている自力で組織を調べ、その組織とわざわざ直接接触を踏んだ上で王族たちのサイン入りの契約書を書かせることに成功した。そして、その証拠を情報屋にリークしようとした最中に母親と一緒に王族たちに口封じされた。私の推測が一定数の割合を占めているとはいえ、話の流れはこんな感じなんでしょうね」

「すごいなお前。ただのシスターだと思っていた割にやけに頭が回るんだな。まぁ俺が知っている真実も封筒しかないから実際に俺の父親がどう動いていたなんて死んだ人間に復活の呪文なりをかけて直接聞かないとわからないけど、少なくともこの国ではそれなりに名の知れた商人だったのは事実だからそういう動きをしていたって可能性は十分に考えられるな」

シスターはリデルの断片的に近い話からここまで可能性を広げられる頭の柔軟さには本当に驚かされる。

リデルの言葉を借りるわけじゃないが、一見すればただの優しいシスターにしか見えないのに実際は恐ろしいほど頭の回転がよく、それでいて『吸血族』の血を引く最強のシスター。

あまりの二面性の使い分けのうまさにどっちが本当のシスターなのかたまにわからなくなる時がある。


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