第18話 6話(1)

広場でのひと悶着があってから、時が過ぎ、時刻は早くも夜を迎えた。

朝にベルラティア王国に入国してから本当に色んなことがあった。出来事が多すぎて、本当に一日しか経っていないのかと目を疑ってしまうほどであった。


 そして場所は変わって、最初に来た宿へと舞台は移る。

「ここへと来てもらって早速なのですが、お名前を聞かせてもらってもよろしいですか?」

「リ、リデルだ。リデル・ソードマタだ」

夕飯を事前に済ませておいた上で、王族たちに刃を向けていたリデルからその理由を聞くことにしていた。

イフォバットが王族たちから情報を引き出せない以上、リデルから何か王族たち、それも国王バティスやベルクラウスに関する情報を聞き出す必要がある。

「早速で申し訳ないのですが、まずはあなたがなぜ今の王族に恨みがあるのか理由を教えていただけませんか?」

シスターの優しい笑みがリデルには表向きに見せる仮面の笑顔だということを察知したのか、恐怖で後ずさりしているように見える。

やはり俺以外の人間も実際にシスターの表情を見てしまうと、勘のいいひとはその底知れない恐怖を薄々でも感じ取ってしまうのだろう。

「た、助けられた俺が言うのもあれなんだけどよ。お前らは一体何が目的なんだ? まさか、特に何も考えることなく俺の味方をしたんじゃないって言わないだろうな? もし本当にそうなら、そんな見栄っ張りの善意が罪のない人間を殺す動機になるんだからな」

シスターの表情に対して最初こそビビっていたリデルだが、いきなりバティスたちを襲おうとしたのか聞こうとした瞬間にいきなり人が変わったかのように怒り出したのはやはりベルラティア王国に相当恨みがあってこそなのかもしれない。

とはいえ、シスターは自分が『吸血族』であるという事実を俺相手ですら素直に話したがらなかったので、ここは上手く自分たちの目的は後に話すことを前提に説得するしかなさそうだ。

「すまないが、それはリデルの方から先に理由を話してくれたら、教えるつもりです。こちらはこちらで色々と説明が長くなるので。ただ、何となく、お互いに利害は一致していると思うので、リデルの王族に対する怒りの度合い次第になりますが。シスターはそれで構いませんよね?」

「えぇ。そちらからこの国の実情を含めた話をしてくれたから私たちの話もちゃんとする所存です。その代わりと言っては何ですが、互いに話をし終わった後に一時的な協力関係を結ぶことになります」

これを丸々受け入れてくれとまではいかないが、ひとまずはこんなところだろう。

後はリデルがどう出るか。

流石にこちらの要望が多すぎてそう簡単に要求を呼んでくれないこともある程度想定しているが、結果は意外な形だった。

「ちっ。わかったよ。話してやる。その代わり、その話が終わった後、俺の復讐にも手を貸してくれるんだろうな?」

「仮の協力関係を結ぼうと求めてきたのは私たちの方なので、可能な範囲で協力はします。まぁそこから先はここにいるローデン次第になりますけど。私はあくまで彼と一緒に旅をする仲間でしかないので」

リデルはシスターの話を聞き、納得と不満を入り混じらせながら、俺の方へと視線を向ける。

まぁリデルからすれば、特にこの国で有名人でもない上、ベルラティア王国で過ごしてきたわけでもない俺に対してイマイチ信用できないのは普通の感情である。

それでも、リデルは自分が話さない限りは事の状況が進まない事を察知していたので、半ば仕方なしに近いため息交じりに語りだす。

「そうか。俺がこの国の王族を恨む理由。それは自分の両親をあいつらが殺したからだ」

「確か、広場での一件でもあなたはお前らが自分の親を殺したんだと語ってましたね」

「俺の両親はこの国でもそこそこ金持ちだった。実際、俺の父は国内でそこそこ名の知れた商売人だったし、俺の母親も医者をやっていたからな。そして、その関係で商売人をやっていた父親が度々、ベルラティア王国の王族たちと商売関係で時々接触することがあった。俺は両親に恵まれていたこともあって、はっきり言って不自由らしい不自由こともないまさに理想的といっていい生活を送っていた。家族と食べる食事も、忙しい合間にいろんな場所に出かける時も俺にとっては家族と過ごす日々が本当に高良そのものだった。だが、そんな日々があるも、王族たちによってぶっ壊されたんだ」


それは今から6年前__。

リデルは今日もいつも通り、母親が買ってくれた勉強書と父親の買ってくれた魔導書を読みながら家で過ごしていた。

普段から両親が多忙で帰ってくるのが夜遅くだったこともあり、リデルにとっては基本的に一人で勉強に励む日々だった。

しかし、あの日はいくら待っても帰ってくるのが遅かった。最初はただシンプルに残業の影響で遅れているのかと思っていた。しかし、いくら待っても帰ってこない。

本来なら、どうしても帰ってこれないときは事前にちゃんと連絡してくれるはずなのに、それすらもなくただ時だけが過ぎる。

次第に俺の中で、何か両親が家に帰ってこれなくなるほどのトラブルに巻き込まれたんじゃないかという不安が黒い雲がかかり始めていた。

そして、リデルのその不安が恐れていた現実へと姿を変えることになってしまった。

両親の帰りを待つこと約3時間。

不安が大きくなるのをごまかしながら2階で過ごしていると、下の階からドンドンという必死感の伝わってくる音が聞こえてきた。

「あ、帰って来たんだ!」

リデルはすぐに一目散で下の階へと降り、扉を開く。

しかし、そこにいたのはいつもの両親の姿ではなく、近所でよくお世話になっていたおじいさん。しかも、顔がいつもの優しい表情からは程遠いどこか虚ろで青ざめた表情。

「リデル! いいか! 落ち着いて聞くんだ。お前の両親が火事に巻き込まれた!」

おじいさんの言葉を聞いた直後、リデルの一番恐れていたことが現実となってしまったことへの悲壮感で目から光が失われた。

それでも、まだおじいさんの言葉を信じるのであればまだ確実に両親が死んだと決まったわけではない。リデルはおじいさんを自分の親の安否を知りたいがために、強引に突き飛ばし、急いで炎が燃えている方へと足を走らせる。

既に出た瞬間に灰色の煙が空高く舞い上がっているのが一目でわかった。

あの様子を見るに、既に煙が上がってからかなりの時間が経過している。まるで障害物のように立ち塞がる野次馬たちを退け、ついに現場にへとたどり着く。

「ここに、俺の両親が……」

見たこともない高さの炎が壁のように仁王立ちしていても、リデルはその身を構うこともなく火の海へと飛び込んだ。

体中が周りの炎によって焼き焦がれ死ぬレベルの熱が常に襲い掛かってくるが、リデルは両親に会いたいという想いを一身から出てくるアドレナリンによってごまかし続けていた。

しかし、そんな生きていて欲しいという願望も瞬時に絶望によって奈落に突き落とされた。

「……」

言葉を失うという語録がこれほど当てはまる状況もない。

リデルの両親は既に体中から致死量を超える血が流れていたそう。リデルは溢れ出てくる感情を必死にとどまらせながら倒れている両親の下へと駆け寄るが、母は既に死亡。父親もわずかに息こそあったもののほぼ死にかけに近い状態。

「お父さん! ねぇお父さん!」

リデルは間近で燃えている炎が近づいていることにも気に留めず、必死に呼びかける。

すると、その呼び掛けによる神様からのわずかながらの温情なのか、父親がわずかに瞼を開きながら、リデルに声をかけた。

「リ、リデル。お前は、この国から逃げろ。旅に出かけろ。この国は俺の想像以上に腐っている。このままではお前も、俺と、同じように殺される」

「で、でも! 嫌だよ! 俺、お父さんやお母さんと離れたくないよ!

「リデル。お前は十分に強い。お前が生きていくためのすべは一通り教えた。後は、この国から、脱出するんだ。俺の復讐をしなくていい。これ以上、お前がこの国に闇に踏み込んで同じ目にあうのはやめてくれ」

声もかすれて、細々としている父親に対しまだ10歳過ぎくらいの子どもだったリデルは反論をしたくても出来なかった。

だから、一番聞きたかったことだけを聞くことにしたそうだ。

「お父さんやお母さんをこんな目に合わせた人って誰なんですか?」

「それは、この封筒を見ればわかる。そろそろ、俺も限界だ。リデル、後の人生はお前の好きなように生きろよ」

父親はその言葉だけを言い残し、静かにぐったりと目を瞑った。

ずっと特に不自由なく平穏で幸せに送っていたリデルは、あまりにも突然で、そしてあまりにも理不尽に奪われたのである。



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