第12話 5話(1)
馬車に揺られることおよそ半日。
その間、適度に休みを入れていたこともあり、時間で表すとベルラティア王国までちょうど1日が経過していた。
シスターいわく、俺がいないときは馬車を使わずに吸血族の力を使って数時間ほどで往復しているそうなのだが、今回は俺がまだシスターと同じ水準レベルの移動方法をマスターしていないことも配慮してくれたのか大きな荷物を運ぶときに使っているという馬車で移動することになったのだ。
そしてついに、ヴァンロード聖教会から最も近い距離にあるベルラティア王国へと到着する。王国前には、検閲係と思われる鎧をまとった騎士たちが門番として待ち構えている。
「こ、ここがベルラティア王国ですか……」
まだ王国内に足を踏み入れたわけでもないのに見たこともない高さの壁。そして、見るからに高くて頑丈そうな鎧を被り、槍や剣といった武器を携えた屈強そうな騎士たち。
ずっと教会で過ごしてきた俺にとっては既にワクワクした気持ちが含まれている。
「ローデン、感心するのは結構ですがここはまだ王国外ですよ。さてと。この正門を通るにはこの国が発行しているパスポートが必要になってくるのですが、ローデンの分はこんな感じにしておきましょうか」
シスターは門番の騎士たちがこちらに視線が行き届いていないことを利用し、自分の血をあらかじめ用意しておいた真っ白のカードにひたたり落とす。
すると、何も手を付けていないはずの白いカードが見る見るうちに変化していき、ものの数秒程で俺の顔が載ったパスポートへと変化した。
「え、えぇ!? シスター、これは一体どういうことですか?」
「これはローデンの遺伝子が入った血を真っ白なカードに垂らすことで、血に含まれているローデンの遺伝子に含まれているデータをベルラティア王国に入国する際に必要なパスポートに複製しました。本来なら、国の正式な手続きをしたパスポートを発行してもらう方がいいのですけど、私は所詮、表向きは名の知られてない聖女ですからどこの国から来たのかもわからない人間相手にパスポートを発行してくれるはずがありませんから」
シスターの言う通り、捨て子の俺と元々、特にどこかの大きな教徒に所属しているわけでもなく、ましてやかつては人類たちを恐怖で震え上がらせていたシスターを相手だと、真っ当にパスポート発行の手続きをしようとしたら、まず間違いなく拒否される。
シスターはそれを承知の上で本物そっくりに近いパスポートを作り上げたのである。
そのやり方があまりにも手慣れた様子だったのがある種別の恐怖を作り上げていたのだが。
「すみません。ベルラティア王国に入国したいのですが」
「申し訳ありませんが、王国内に入っていただくにはベルラティア王国専用のパスポートを確認していただく必要があります」
「これでお願いします」
シスターは事前に用意したパスポートを門番の騎士たちに見せる。
10秒間ほどの間があった後、騎士たちは納得した様子でパスポートを返した。
「見たところは偽物で作られたものじゃなさそうだな。いいぞ。入国を許可する」
「ありがとうございます。ご協力に感謝します」
シスターと俺は門番の騎士たちに馬車に乗りながら軽く頭を下げ、そのままベルラティア王国に入っていく。
門の中に入った直後、ベルラティア王国内の壮大さに圧倒された。
いや、入る前から内心は自分のような人間がこんなところに入ってもいいのだろうかという謙遜と未知の世界に飛び込むワクワクが入り混じっていたのだが、実際に王国内に入ってそんな気持ちが一瞬で吹き飛んでしまうほどの圧巻さがあった。
改めて、俺が聖教会という全てを知る上であまりにも視野の狭い世界で生きていたんだということを痛感させられるものである。
シスターは色んな馬車などが止めてある場所に自分たちの乗った馬車を止め、人生で初めての王国内の大地に一歩を歩み下ろす。
いつもと変わらない何の変哲もないただの地面であるはずなのに、いつもと違う感じに錯覚してしまうのは気のせいだろうか。
「さてと。この国が検閲の厳しい国じゃなくて良かったですね。もし、今回のパスポートみたいに複製工作できないものでしたら、色々と入国するだけでも面倒ですから」
門をくぐる道中に、自分たちと同じようにパスポートでベルラティア王国に入国しようとする人間はたくさんいたが、その人たちの持っていた本物のパスポートをチラッとのぞき見した際、シスターの用意したパスポートがいかに本物そっくりに完成されていることがわかる。ただ血を垂れ流しただけなのに、ここまで精密に作られるのはすごいを通り越して恐怖の方が軽く勝っている。
「そう言えば、シスターはこのベルラティア王国に吸血族が王族関係者に紛れて潜んでいるという情報はどうやって得たんですか?」
「その答えはこの先にある宿に行けばわかりますよ。それに、この手の話はあまり人がいるところで話さない方がいいですから」
「そ、そうですか」
シスターの言う通り、俺は事前に用意しておいたという宿へと向かう。
シスターがこうして傍にいるからこそ、ほとんど迷うことなく王国内を歩くことが出来ているがもしここに何の宛てもなく一人で来たとなれば、十中八九迷子になるだろう。
シスターの中から感じる底知れない恐怖というものがあの時からずっと抜けきっていないことは重々承知だが、それでもシスターの傍についていくこと以外の選択肢は事実上存在していないに等しいのである。
10分程王国内を歩いていると、シスターが用意していたという宿に到着する。
「着きました。外見だけを見ればどこにでもある普通の宿のように見えますけど、実際はこの宿の二階にある普通の人間じゃ知ることが出来ない部屋を予約しています」
「これも、シスターは事前に計画していたんですか?」
「それも部屋に入ればわかりますよ」
肝心なところを微妙にはぐらかされているのが気になるところではあるが、人目のつくところで質問攻めして他人に聞かれてしまうのはシスターにとってもいいことではないと考え、知りたい気持ちを今は一旦奥底に閉まっておく。
シスターは宿の店主から予約した部屋の鍵を渡されると、足早に部屋のある2階の方へと向かって行く。
そして、部屋がずらりと並んでいる中、それらの部屋に目もくれることなく2階の廊下の一番奥にある部屋で足を止めた。同時に、シスターは一切の言葉を発することなくもらった鍵でドアを開けると、俺もシスターの後を追うように部屋の中へと入っていく。
俺が中に入ったのを確認すると、シスターは出来る限り音を立てないように慎重に鍵をかけた。
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