第10話 4話(1)

シスターとの約束を交わした俺は一晩を小屋の中で過ごした。

布団と言えない薄い毛布を着ていたこともあって、思わず目を覚ましてしまいそうになる肌寒さがあったが、横でシスターが寝ている頼もしさもあってか、思っているよりも早く眠りにつくことが出来た。

そして出発の日。

起床して、必要最低限の準備を終えて、いよいよ新しい旅が始まった。

しばらくは森の中を歩き続け、少し先にシスターが王都に向かっている時に使っているという馬車に乗って王都まで向かうという道筋である。

「それでは、行きましょうかローデン。今日から新しい旅が始まります。まずはここから一番近いベラルティア王国に向かいましょうか。道中で簡単にローデンのために一通りの戦闘術は手短に教えるので安心してください」

「戦闘術って、そんな短期間で身に付けられるものなんですか? それも一日もかけずに」

「普通の人間ならまず不可能ですね。混血に適合したあなたでなければね」

小屋を出発してしばらくの間、誰一人いない静かな森を歩きながら、シスターが話し終えたタイミングを待ち構えていたように生い茂った草木の中から自分たちの5倍近くはあるであろう超巨大熊が2匹、よだれをたらしながら姿を現す。

そのあまりのデカさと威圧感でどんな冒険者相手にも足を震え上がらせるほどである。

「ちょうどいいですね。この森に生息する大型熊ビッグリー。それもまるで仕組まれているかのように二匹も。ローデン、最初は私がお手本を見せますのでまずはそれをしっかりと目で盗んでください。もちろん、私は素手で戦いますので」

シスターは両手を合わせ、ボキボキと鳴らしながら辺りを地面が揺れていると錯覚してしまうほどの雄たけびを上げるビッグリー相手に余裕の風格を見せている。

俺もシスターが圧倒的な実力を持っていることは目の前で見せつけられたことをわかっているので、こんな大きな獣ですら、一瞬でシスターの手によって始末されてしまうことも確信した上で、シスターから少し離れたところでシスターの戦闘術を拝見することにした。

「ぐおぉぉぉぉぉ!」

ビッグリーは巨大な右手でシスターのことを叩き潰そうとあらゆる木々をなぎ倒しながら振りかざされる。普通であれば、あまりの恐怖に腰を抜かして泣きわめきながら潰されるだろう。

しかし、シスターは違う。特に吸血族特有の力を使うわけでもなくビッグリーの攻撃を余裕をもってかわすと、華麗な身のこなしでビッグリーの右腕の飛び乗ると、ここで吸血族の力の一部を解放し、自らの血から錬成した血の剣を手に持ち、ビッグリーが振り落とそうとするのにも難なく対応し、ものの数秒で右肩付近へと到着し、人の首を刎ね飛ばすのと同じ感覚で常人には見えないスピードでビッグリーの首を刎ね飛ばした。

首を飛ばされたビッグリーは電池の切れたロボットのように動きが止まり、そのままズドーンという地響きと共に豪快に倒れ込んだ。

シスターは血で錬成した剣をそこら辺に捨てる。

「とりあえずはこんな感じですね。まぁ実戦経験どころか、そもそも誰かに攻撃するという行為をしたことがないローデンに、いきなりこれと同じようにしろとはいいません。まずはローデンには、混血の力をどのようなものなのかを見極める必要があります。私が投入した混血にはいろんな生物の血が混ざっていて投入された人間がその中のどんな血を引き継ぎ、適合するかは実際に使ってみないとわかりません。まずは自分で適当に体のどこかに傷をつけて出血させてみてください。いざという時は私がお助けします。ナイフは貸しますので」

俺はシスターの言われるまま、渡されたナイフで右腕付近に傷をつけた。

血が出てきた瞬間、俺の身体に流れていた血流に変化が訪れる。同時に俺の中に今まで感じたことのなかった力がみなぎってくる。

心なしか、体もすごく軽やかのように感じてさっきのビッグリーの攻撃程度であれば十分に避けられる自信が溢れてくるほど。

既にビッグリーが一匹殺されたことによる怒りなのか、もう一匹のビッグリーの雄たけびが大地を通じて、威圧感となって伝わっている。

残りのもう一匹のビッグリーが同じように右手を振り上げ、俺に向かって振りかざされる。体中にみなぎっている力を利用し、ビッグリーの攻撃を難なくかわせた。

今までなら恐怖で自分から逃げるという選択をできなかったが、混血による力を手に入れた影響なのか、いざ戦いに集中すると当初感じていたビッグリーに対する圧倒的な恐怖も自然と和らいでいた。

「なるほど。今のところはローデンの適合した血はシンプルな自強化という感じですか」

最初の俺の回避行動を見て、シスターはなるほどという表情で見つめる。

俺も明らかに体に力が有り触れているのがわかる。しかし、具体的にどういう能力なのかはまだ自分でも正確に把握できていない。現に今もこうしてビッグリーをかき回すように全速力で逃げ回っている。元々、教会で過ごしていた時から外で遊ぶときによく木登りをしていたことが結果的に功を奏した形である。しかし、そんな逃げの策も裏目に出てしまう。

ビッグリーの視界に出来る限り入らないように木々の枝の上に飛び移りながら移動していたのだが、その最中に枝から枝へと移動とするタイミングでうまく枝に乗ることが出来ず、落ちてしまった。

「い、いたっ!」

俺が落ちてしまったことで、一時的に目をくらませていたビッグリーに気付かれてしまう。

既にかなりの怒り状態であるビッグリーはさっきよりも数倍早い勢いで俺に拳を振り下ろす。

「ま、まずい! このままじゃ、ビッグリーの攻撃を避けきれない! シスターに助けてもらうべきか? いや、それじゃあこの先もずっとシスター頼りだ。一か八かだけどやるしかない!」

俺はシスターから借りたナイフに自分の血をつけるとそれをビッグリーの右手に向けて力いっぱいに投げつけた。

「これは俺の仮説だけど、おそらく、自分の出血量に合わせて身体能力等が強化されるもの。なら、その強化された体に流れる血を他の武器に付与すれば何とかなるんじゃないか」

という仮説を勝手に結論付けた上での賭け。

とりあえずは何もしないよりも少しでも生に対してあがかないといけないことはこの前の奇襲で嫌というほど味わったことで、どれだけ状況が厳しくても諦めずに無謀すぎる賭けも含めて、完璧に脳内から可能性という可能性が尽きるまで抗うべきなのがこれから先の俺のモットーである。

投げつけられたナイフはビッグリーの右手に直撃すると、ビッグリーの右腕が突然、大爆発を起こしたように吹き飛ばされた。

シスターから渡された普通のナイフがビッグリーの巨大な腕を吹き飛ばせるはずがない。

賭けに勝ったのと同時に俺の仮説は間違っていなかったようである。

その様子を見ていたシスターの表情が真剣な眼差しから何かを確信した顔つきへとかわる。

「単純な身体強化だと結論付けたのですが、どうやら予想以上の逸材かもしれませんね。自分の出血量に応じて能力を強化でき、それは他の武器に付与することも出来ると」

シスターの俺の一連の行動を見て気持ちの高ぶらせながら、俺の前にと瞬間移動並みの速さで移動すると、右腕を失ったことで大暴れしているビッグリーを相手にこう告げる。

「どうやら、ローデンには私の予想以上の逸材と言えるかもしれません。が、その前に、今回は特別に私が残りの雑魚も始末してあげます」

シスターはさっき血で剣を錬成したのと同じように今度は血でできた弓を瞬時に錬成。

そして、手慣れたように血の弓を手に持ち、暴れているビッグリーの頭付近に狙いを定め矢を放つ。放たれた矢は、ビッグリーの頭部に直撃すると、ビッグリーは何かのスイッチが切れたようにばたりと倒れた。




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