第8話 3話(3)

シスターの提案に対して、俺はすんなりと「はい」と言える勇気はなかった。

とりあえず、テロリストと子供たちの死体を残し、天井近くまで燃え広がっている炎から離れ、教会の外へと脱出した。

俺は足を怪我していた影響もあり、シスターに肩を貸してもらいながら教会から離れた森の奥へと向かって行く。

そして、シスターが動物や魔物の血を奪うために密かに拠点にしていたという外れにある小さな小屋へと身を隠すことになった。

「とりあえず、ここまで来たら一時しのぎ的な形になりますが安全でしょう。足の怪我はしばらくすれば、適合した混血によってある程度はマシになるはずです」

シスターが撃たれた俺の足に一時的にタオルによる止血を行う。

シスターの言葉通り、止血された後、テロリストによって撃たれた足の傷が徐々に癒されつつあった。

普通の人間だと、これほどの傷を1日も経たずに治すのは余程の治癒魔法や高価な医療技術を使わなければ不可能に近い。。

それらを一切使うことなく、人間の本能的な治癒力によってほとんど痛みを和らいでいく様子は改めて混血による影響を早速感じさせるものだった。

「これが……混血の力ですか」

「私自身、吸血族の手が介入された人間の混血適合者をこの目で見るのが初めてですが、想像以上ですね。後に詳しく話しますが、今回はその片鱗の一部が見えただけで、混血の力はまだ不完全です。あまり自然治癒力に依存しすぎない方がいいです。自然治癒と言っても傷そのものを治すものではなく、あくまで痛みを和らげるにすぎませんから」

「わ、わかりました」

シスターの言葉に俺は少し声を怯えさせながらも返事をする。

ここまで混血を投入した時と拳銃を向けた時以外は俺に対してはっきりと殺そうとする仕草はなく、いつも見てきたシスターの姿を見せている。

それでも、俺がこの目で見た『吸血族』としての狩る側の姿を知ってしまった以上、以前のように優しい聖女のママというみんなから愛されるような女神様的な目で見ることが出来なかった。無理もないだろう。俺にとって、捨て子を拾ってくれた恩人であると同時に、どんな時でも愛情と優しさの塊ような人だと思っていたのが、実際は裏で動物や魔物だけでなく、人間ですらも躊躇なく殺し、殺した生物の血を自らのために利用するというとても常人には理解のできない狂った悪魔。

聖女の女神と悪魔という絶対に交わらないであろう二つの仮面を持ったシスターの姿は俺に何とも言い難い複雑な感情を植え付けたのである。

小屋に身を隠してからしばらくして、ある程度時間が経ったことで徐々に気持ち落ち着きを取り戻し始めたタイミングで俺は改めてシスターに目的と自覚のない本心について聞くことにする。

「あ、あの。俺が生き残ったら、シスターの目的と俺の自覚していない本心について教えてくれるって言ってましたよね? そのことについて教えてもらえますか?」

この言葉を言うことに若干の躊躇があったものの、正直に自分の口から問いただす方が自分の気持ちが伝わるような気がするという俺の直感である。

シスターが自らの口から約束してくれた以上、いきなりそれをなかったことにするという行為はしないはず。シスターの本性が血を奪うために人を殺す化け物であるということはわかった上で、自分と一緒に暮らしてきた子供相手にまで平気で約束を破るほど落ちぶれていないという可能性に賭けるのみだった。

俺の要望に対し、シスターはほんの少しだけ笑みを浮かべるとフフッと小さく笑い声を出した後、話し始めた。

「そうですね。私の口からの約束。それも、過去にほとんど成功例のない混血による適合者という条件を出した上での成功者。それでもなお、ここで何も語らないは割に合わない。いいでしょう。私の目的、そしてあなたの本心について説明してあげます」

シスターは座っていた木の椅子から立ち上がると気分転換と言わんばかりに辺りをうろうろし始めながら、ゆっくりと話し出す。

「まずは私の目的から話しましょうか。私、いや、ピュア―ド・ヴァンティアの目的は、この世界に生き残っている全ての『吸血族』をこの世から抹殺することです」

シスターの目的。

それはこの世界に生き残っている全ての『吸血族』を殺すこと。

シスターの部屋に侵入したことで、誰かを殺していたということは知っていたが、その行き着く先が自分と同じ血を持つ『吸血族』の殺害だということに驚きを隠せない。

そして何より、それまでヴァンティアという名前しか明かしていなかったシスターがわざわざ言い直してまでフルネームを話したのは俺のことを一定の信頼をしているからこそ、明かしたのかもしれない。

「なぜ、『吸血族』を殺そうとするんですか」

「私にとって、『吸血族』は呪いの一族です。今から100年以上前。『吸血族』は世界でも有数の生物の血を奪うことで生き続けてきた種族。端的に言えば、誰かを殺し続けなければ生きられない種族とも言えますね。そしてその結果、『吸血族』以外の種族。人間やエルフたちが協力し、『吸血族』の殲滅作戦を行った。それによって、全盛を誇っていた『吸血族』は大幅に数を減らし、今では私を含めた極少数しか生き残りはいないはずでした」

シスターの話を聞いていた俺は最後の語尾に違和感が生じる。

その違和感について思わずその詳細を聞かずにはいられなかった。




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