第7話 3話(2)

 血を投入されてから数分が経つと、シスターが頃合いを測った様子で爪を引き抜く。

シスターは爪を戻し、改まった様子で脇腹からの出血を抑える俺に向かって話を進める。

「これで私から混血の投入は終了です。ここから先はローデン次第です。生きるか死ぬかはその覚悟によって決まります。まぁ本当の地獄はここからですが」

シスターの最後の言葉が合図の如く、突如として俺の身体中全てから信じられないほどの痛みが襲い掛かった。

「がっ! あぁぁぁ! ぐあぁぁぁぁぁ!」

今まで経験してきた痛みが可愛らしく思えてしまうほどの激痛。もし近くに崖があったとすれば、あまりにその激痛が耐えられずに身を投げ出してもおかしくないほど。

さらに、それに追い打ちをかけるように口から病気を患ったレベルの量の血を吐き、同時に喉の奥からありとあらゆる臓器を吐き出してしまいそうな気持ち悪さも襲い掛かる。

さっきまでの地獄とは今度は質の変わった地獄である。

「これが混血を与える事によるリスクです。本来、この世界では人に血を与えるとなった場合、同じ血液型であることが条件です。他の血液型で輸血を行うと、不適合輸血を起こして最悪の場合、死亡してしまうそうですね。そして、その考えで行けば、人間以外の血も含まれている血を私から普通の人間であるローデンに与えた場合、それをさらに悪化させて人間本来持っているはずの赤血球が崩壊するだけに留まらず、投入された混血たちはあらゆる臓器に伝わっていき、体内を破壊するだけ破壊して、数分も経たないうちに死にます。ただし、その混血に人間の身体が適合した場合、普通の人間では得られなかった血を手にすることができ、混血に含まれた生物の能力の一部を手にすることが出来ます」

なるほど。

俺の身体がこれほどまでに異常を期するのは人間以外も含んだ混血が原因というわけか。

おそらく、人間以外のエルフや鬼族、さらには魔物などの人外生物、そしてシスター本人の『吸血族』としての血が含まれた混血。そんなある意味で得体の知れない血を普通の人間に投入すれば、こうなるのは自然な事だろう。

全身を剣で突き刺されたような痛みは次第に俺の意識を奪っていく。今まさに、俺の身体中が混血たちによる進行を受けている最中で、意識が徐々に失われつつあったこともあって、いつ死んでもおかしくない状況だった。

それでも、俺はシスターの目的、自分自身が見つけられていない自覚というのを知るために死ぬわけにはいかない。ここで死んでしまったら、ここで死んだ子供たちにも顔向けができない。唯一生き残った孤児の一人として、例えどれだけ苦しい道のりであったとしても生き残る必要がある。

どれだけ全身を鋭い牙で一斉に噛みつかれたような痛みが神経を通じて襲い続けても、俺は歯を食いしばって、泣きそうになるのを抑えながら必死に床を素手で強引にしがみつく勢いで力を込める。早くこの痛みの連鎖が終わってくれという負の希望を抱くのではなく、例えどれだけこの苦痛が続いても、俺は死なずに最後まで生き延びて見せるという生への執着心に全力を注いでいく。

そして、混血を投入されたことによる痛みとの激闘からまもなく10分が経過しようとしていた時だった。それまで、常人にはとても耐えきれない痛みが止むところを知らなかった俺の身体が突如として何かの魔法にでもかかったかのように全身を攻撃していたあらゆる苦痛が消えた。

「あ、あれ……? さっきまであんなに苦しかったのに」

正直、さっきまでの出来事が痛烈すぎて、苦痛がなくなったことへの戸惑いを隠せずにいた。

そんな俺をずっと静かに眺めていたシスターはこの日初めて少し驚きも混ざった表情を見せると、満身創痍の俺のところへと駆け寄りながら、

「普通の人間よりも耐えているなとは思っていましたが、まさか本当に吸血族の混血に適応に成功する人間が現れるとは。正直、驚きました」

と正直な感想をわずかに声を上ずらせながら語る。

シスターが俺の混血の適合に成功したと告げた直後、俺の中には嬉しいという気持ちよりも何とか生き延びたという安堵の気持ちが勝っている。

もし、ほんの数秒でも気を失っていれば俺は間違いなくそこで死んでいたはず。自慢のようになってしまうが我ながらよく耐えきったと素直に誇らしく思えた。

シスターは立ち上がることのできない俺に対して腰を低くし、右手を前へと差し出す。

「ローデンなら、私の目的を達成するためのきっかけになるかもしれない。人類で初めて、吸血族の手による生きたままの混血へと適合に成功したあなたなら、この世界の真実を変える可能性があります」

という期待と前置きをした上で、俺に対して予想外の要求をしてきた。

「もう私たちが暮らしてきた思い出は今この瞬間なくなりました。これからは私と一緒に外の世界で新しい仲間、そして強者たちに出会うための物語を始めましょう。それが私にとっての絶対にして唯一の願いなのですから」

これが、後のシスターと俺たちによる外の世界へと続く旅の始まりである。

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