第3話 2話(1)

「ど、どうなってる! なんで教会内が燃えてるんだ!?」

俺がシスターの部屋にいる間になぜこうなった。

というか、なぜこれほどまでに炎が大きくなったのにシスターの部屋だと全くと言っていいほど聞こえなかったのもわからない。

とにかく、今はまさに地獄の大して変わらないこの状況を何とかしなければ。

まずは他の子どもたちの安否がどうなったかの確認する必要がある。

これだけ凄まじい炎が舞い上がっているのだから、家事の最中だったであろう子供たちが巻き込まれていないはずがない。

せめて、俺をここに置いてでも逃げてくれるとありがたいのだが。

強烈な灰色の煙がそびえたつ巨大な壁の如く立ち塞がるが、それを必死に掻き分けながら、毎日シスターと一緒に神様の祈りを捧げていた部屋の方へと足を急がせる。

「頼む。誰も、誰もこの炎で死なないでくれ!」

普段はあまり教会内でのお祈りを行う際に、神様に対して本気でお祈りを捧げてこなかったが今回ばかりは本気で祈っていた。

それも当然だろう。なんせ、ついさっきまで当たり前だったはずの幸せが今この瞬間、雪崩のように崩壊しようとしているのだから。

しかし、その俺が神様に祈った淡い希望は粉々に砕け散った。

部屋に到着すると、そこには7人ほどの武装した男たちと残酷にばたりと倒れていた子どもたちの姿。倒れている子供たちのそばからは即死と思われる量の出血が見られる。それでも中々に堪えたのだが、もっと恐ろしい残酷な現実が目の当たりにした。

「ちっ。このガキども、あのシスターに関する情報全く吐かなかったじゃねぇか。使えねえな。適当に灰にしておくか」

デッブの身体手足両方を切断されており、身体には何度も刺されたであろう刃物の傷の数々。

こいつらはヴァンロード聖教会に奇襲を仕掛けておきながら、何の罪もない子供たちをまるで目的を果たせなかったストレスの発散のために殺したかと言わんばかりの惨殺さ。

そんな惨状を見せつけられて、黙っているほど俺は落ちこぼれていなかった。

偶然、近くに落ちていた鉄の剣を拾い上げ、意を決して男たちに向かって声を上げた。

「おい。お前らが。お前らが教会を火の海にしたのか!」

俺の怒りにすぐに武装した男たちは視線を向けた。

もはや俺の中では、こいつらの目的や理由どうこうを一切無視して殺そうかという殺意以外の何物でもない。

そんな俺の怒りとは対照的に、男たちはこいつら何しに来たんだと言わんばかりの馬鹿にした笑いを含みながらこちらを挑発気味に話しかけてきた。

「おいおい! こんなおんぼろ協会にもまだガキがいたのかよ! 本当に可愛そうだよなぁ!」

まるでここに住んでいることが哀れで可哀そうな存在だと決めつけているような言い方。

俺も含めてここの子どもたちは元々、家族と一緒に過ごすという当たり前の日常を過ごすことが出来ないままシスターによって拾われ、ここで過ごしてきた。

いわば、元からここに望んで住んでいるわけではないのだが、そんな中でもここでの生活はとても充実していた。それをこいつらは可哀そうだと決めつけて、俺達も教会そのものを冒涜した。

それを耳にした瞬間、俺の身体は本能的に動いた。

未熟な動きながらも、懸命に鉄の剣を男たちに向けて振り降ろす。しかし、その刃が男たちの首元に刃が届くことはなかった。

剣が振り下ろされるよりも先に、俺の膝下付近へと闇魔法の光線が放たれ、銃弾のように凄まじい速さで貫通する。

直後、俺の身体は言うことをきかなくなった。

ばたりとうつぶせに倒れ、持っていた鉄の剣も手を離してしまった。

その瞬間、自分がこんなにも弱かったのかという自分自身に絶望した。

俺は自分も含めたみんながただ穏やかに過ごしたいはずなのに、それが今、自分と同じ孤児仲間だった子どもたちは見ず知らずの男たちによって残酷に殺される。

なぜ、こんな目にあわなければならないのか。

倒れた俺を相手に、男たちはゆっくりと膝を降ろした状態で見下した笑みで語りだした。

「なぁ? お前、ガキのくせして強がってるのかもしれねぇけどさ。ここのシスターはお前らが想像しているような優しい神様的存在じゃねぇぞ。あいつは人類を恐怖のどん底に陥れた吸血族だ。今からでも遅くねぇ。とっととあのシスターから手を引くことをおすすめす……」

男が俺に忠告していた最中、その背後で懸命な男が挙げそうな雄たけびと共に俺の知っている顔がナイフを片手に突っ込んできた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

その声の主はリンだった。

20人近い孤児の中で、リーダー的存在として引っ張ってきたリンにとって、俺以外全員が既に生き途絶えた惨状にただ黙って指をくわえているはずがなかった。

リンの全ての怒りをぶつけたナイフが俺と話していた男に向かって届こうとしていた。

だが、そのナイフが男の胸元に届くことはない。

リーダー格の男の周りにいた幹部らしき男たちによってリンはナイフをきっちり取り上げられた後、両腕を掴まれて身動きが取れなくなった。

「リ、リンさん!」

「ダメ! ローデンは近づかないで!」

俺は撃たれた足から電撃のように走り続ける激痛をこらえながら何とか立ち上がろうとするが、リーダー格の男がそうはさせまいと顔面に向かって一発で顔の骨が折れそうなほどの勢いの右ストレートを食らわされた。

殴られた直後、俺の身体は無抵抗のかかしの如く吹き飛ばされた。

そして男は念を押すように幹部の男からもらったナイフを魔法によって撃たれた個所に向かってこれでもかといわんばかりの勢いで突き刺した。

「ぐ、ぐわあぁぁぁぁぁぁ!」

ついこの間までの平和だった日常の時には間違いなく味わなかったであろう痛み。

幸せという完成されたパズルがたった数時間でピースがどこへいったのかわからなくなるほど崩れていく。

しかし、これはまだ地獄絵図におけるほんの序章に過ぎない。

「大人しく聞いてたらもっと痛い目にあわずに済んだのになぁ。こんな可愛い子供が俺たち大人にこんな危ないもの向けたら地獄を見るのは明らかなのによ!」

リーダー格の男はリンの顔に向けて強烈な右ストレートを浴びせた。

殴られたリンの右頬は一目で腫れていると感じるほど赤く膨れている。

口内からの出血も見られており、こんな痛々しいリンを見るのが辛い。

「やっぱり人を殴るってのは最高だな! 日頃からお偉いさんたちにこき使われて、ストレスを晴らすにはこれが一番いいぜ!」

男たちは狂っている。

聖教会を何の理由もなく業火を灯しただけでなく、そこにいた罪のない子供たちを冷酷に殺していくその様はそこらの地獄をさまよっている鬼よりも恐怖を与えるには充分である。

「おい。お前らこのガキを暴れないようにしっかりと押さえつけておけ」

「へい」

リーダー格の男はリンを掴んでいる男とは別で並んでいたガタイのいい男2人にそう指示すると、すぐに男二人は動けない俺のところへと近づき、いきなり一人が右手で俺の顔を地面へと押さえつけ、もう一人が俺の背中の上にまたがるようにして完全に見動きを封じてきた。

「く、くそっ! は、放せ!」

男たちの力は鉛を直接背中に載せられたような重圧と押さえつけられることによる痛みが同時に襲い掛かってくる。

何とかこの圧倒的窮地を脱したいが、男たちの屈強なパワーによって一寸たりとも動かすことができない。

「さぁ! これがお前にとって本当の地獄の始まりだ! このガキが悲痛な叫びと共に絶望を晒してやるよ!」

リーダー格の男が懐から毒魔法を付与したナイフを取り出し、じわりじわりとリンの方に近寄っていく。

俺もリンも男たちによって押さえつけられている影響で身動き一つ取ることができない。

「ローデン!」

「リン! リーン!」

至近距離まで近づいたリーダー格の男が毒魔法の付与されたナイフをリンに向けて振り降ろされようとしていたその時だった。


バシューン


聞いたことのない異質な音がこの場にいる全員の耳へと入り込む。それと同時にうっすらとではあるが外で監視をしていた男たちの悲鳴らしき声が聞こえてきた。

その音の方へと一斉に振り返ると、一番奥の聖教会の入り口に立つシスターの姿。

右手には、男のうちの一人と思われる身体から引きちぎられた首を持っており、身体は白い服には見合わない量の血を浴びていた。

その瞬間、俺はそれまでイマイチ信じ切れていなかったシスターの本性が一転して確信へと移り変わった。



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