第2話 1話(2)
あの星空の下でのシスターの忠告を受けてから数年が経った。
俺もここに来てから14年の月日が流れ、自分以外の孤児たちもかなり成長していた。
その間、全くと言っていいほど平和が脅かされることがなかった。
シスターいわく、ここから次の村や都市までは最低でも数日、場合によっては数週間近くかかることもあるそうで、普段の食事ができるのもシスターの知り合いの伝手からいくつか食材等をもらっているからだそうだ。
そういう事情も相まって、拾われた俺たちにとってはまさに天から恵まれすぎていると言っても過言ではなかった。
そんなある日、シスターが珍しく1泊2日で少し出かけなければいけない用事があった。
「皆さん、ほんの少しの間ですがお留守番を頼みますね。まぁあなたたちも立派な年齢ですので心配ないでしょうけど」
シスターの表向きな微笑みに子供たちは笑顔と元気のいい声で自信ありげに返答した。
「もちろんだぜ! 俺たちももういい年齢だしな!」
「そうだよ! 私たちがもう何年ここに住んでいると思ってるの!」
デッブや子供たちのリーダー的存在であるリンが中心となっていることもあってか、シスターもある程度察している様子である。
「フフフ。その様子なら私が離れても大丈夫そうですね。あなたたちなら特にこの中でやらかすことはないでしょう。それでは行って来ますね」
「いってらっしゃい! シスター!」
子供たちの見送りにどこか成長した姿を見て喜んでいる親子の表情でこの場を去っていく。
しかし、俺にとってはあの日に見たシスターの笑顔を見た影響で素直な笑みを受け入れきれなかった。
シスター不在の間、俺達はリーダーであるリンを中心として、それぞれの役割分担をして家事を行うことになっていた。
そんな中俺は教会内の掃除を担当されていた。
普段からシスターが丁寧に日替わりである程度綺麗にしていたこともあって、そこまで大変であるというわけではない。
だが、俺にとってはこの掃除担当はむしろ好都合だった。
まず、家事分担をする上で掃除担当をしたい人が誰もいなかったことで俺は率先して立候補した。
その目的は誰もやらないからやってあげるという善意でも、広い教会内での掃除でサボりやすいからというそんな安っぽい理由ではない。
本当の目的は、シスターが絶対に覗いても入ってもいけないとはっきりと圧力をかけた目と口調で話していたシスターの部屋に忍び込むためである。
あれだけ強い口調で部屋に入るなと警告されていたにも関わらず、部屋に入ろうとするその勇気。よくも悪くも子供の知りたいという純粋な欲望は時として危険だとわかっている橋であっても渡りたくなってしまうものである。
俺はみんなが教会内でそれぞれの家事に奔走する中、掃除をするフリをしながら子供たちの目を盗んで、シスター専用の部屋へとたどり着いた。
「ここが……。シスターの部屋か」
この前、一人で勝手に星空を見に行った時はバレないようにするために立ち止まることなかったが一見するとどこにでもありそうな部屋。
だが何となく俺の勘でしかないが、この部屋の中は外見からは想像もつかないほどやばい雰囲気が漂ってくる。
小さい頃から語学も含めてまともに勉強をできなかったので、理想的な言葉が見つからないが、簡単に言えば、この部屋を一歩でも超えてしまった時点で地獄の死の沼へと片足を突っ込むようなものだった。
それでも、俺は知りたかった。シスターが誰であっても絶対に見せるなと言っていた自分の部屋の中身。掃除をするという建前でこっそりと盗んできた部屋の鍵を取り出す。
部屋の鍵はあの日、シスターが俺の前から去って行く前にポケットからわずかに見えていた鍵の形の一部を覚えていたことで盗み出すことが出来た。普段、どんな時でも鍵なんて持ち歩かないシスターが、あの日だけはポケットに鍵を忍ばせていたことを俺は覚えていた。
もう、ここまでのことをした以上は今更ビビってもいられない。俺は鍵を手に取り、下で家事をしている子供たちに聞かれないように慎重にドアノブへと鍵を近づける。
「カチャ」
「あ、開いた!」
俺の予想は当たっていた。
やはり、あの時にわずかに見えた鍵はこの部屋のものだったようだ。
一度周囲を見渡し、誰も部屋に入る様子がないのを確認するとすぐに中へと入る。
すぐにドアを閉め、鍵を内側からかける。
これで鍵を持った俺以外の人間が入ってくることはまずないだろう。
部屋の電気は完全に消されており、周囲には明かりらしい明かりも見当たらない。壁を忍者のように神経を研ぎ澄ませながら伝っていくと電源スイッチのようなものがあるのを見つけた。
「おそらく、これがこの部屋の電気をつけるスイッチ……。一体、この部屋の中に俺たちにも言えない何が隠されているのか」
意を決して、電気のスイッチをつける。
「なっ……! こ、これは…………!」
明かりをつけた瞬間、俺の前に広がっていた光景は想像していた覚悟を遥かに超えるものだった。
部屋の大きさは俺達が普段使っている寝床の部屋よりも2回りほど大きく、そしてその光景は異質という言葉そのもの。
部屋の隅にはものすごい量の本と本棚。今ざっと目で数えただけでも本の数は軽く500冊近くあった。そして、その本のタイトルはどれも人間やエルフなど、この世界に存在する生物たちの本ばかり。そして、一番恐ろしいと感じたのは目の前に立っていた人間の指や目、そして臓器の数々が入ったボトル。そして、ものすごい数の人間のものと思われる大量の血の入った瓶。
俺は人間の身体について詳しく知っているわけではない。
でも体が感じ取っていた。シスターが俺たちの裏で恐ろしい何かをしていることを。
ここにある人体の一部は、間違いなくシスターが手に入れたもの。なぜ、シスターがこんなものを使うのかはわからない。けど、俺はシスターが裏で知らない何かをしているのかをこの目で確かめたかった。
「この部屋に踏み入れた以上、俺はもう後戻りはできない。と、とりあえずは色々と探ってみるか……」
部屋を軽く散策してみると俺が見た臓器や血は腐敗しておらず、かなりしっかりと保存、保管されている。それだけじゃない。本棚にあった本の内容を読んでみると、人間やその他生き物の体の仕組みはもちろん、それ以外にもこの世界に存在する種族たちの歴史や特徴をまとめたもの。さらには俺たちに身に覚えのない子供たちが写った写真をまとめたアルバム。しかも、その写真には赤い液体のようなもので×の記がつけられている。もう随分と前に付けたものなのか、既に液体は乾きっている。
そして極みつきは、そのアルバムの最後のページに挟まれていた1枚のメモ用紙。
そこに書かれていた内容が僕に更なる恐怖という追撃を与えた。
「今日もまた、ここにやってきた子供たちの中から私の望んだ血の適合者は生まれなかった。またしても、私は馴染みのない子供を殺してしまった。残酷な現実はもはや私にとってはある意味で日常に馴染みつつある。これは仕方のないことである。なぜなら、私はこの世界に存在してはいけない、『吸血族』だから」
読み終わった直後、俺は思わずその場からアルバムを手から離してしまった。
このメモの内容は実にシンプルなもの。シスターが子供たちを殺していた。
あの聖母のような神様から授かったシスターが裏で子供たちを殺している。このメモだけではとても信じられる内容ではないが、あの顔馴染みのない子供の写真についていた×印の赤い液体のようなものはおそらく血だ。それも、殺した子供たちのもの。
そして、ここにある瓶に入った大量の血の数々はシスターが殺した人たちの血。
指や臓器などの体の一部ももしかすると、何らかのサンプルとして保管しているのかもしれない。
「と、とりあえず、これ以上下手な散策はしないほうがいいか」
俺は落としたアルバムを拾い、メモを最後のページに挟み、直してなかった本やアルバムを元の位置に戻す。
「それにしても、まさかシスターがこんなことをしていたなんて……」
俺が外に出るためのドアを開けた直後、その視界は一瞬にして灰色に包まれている。
「う、うぉ! な、なんだこれ!? 教会内で一体何が!?」
部屋の外に出た直後、俺が目の当たりにしたのは教会内部が見たことのない高さで燃え広がっている光景だった。
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