孤児の少年、与えられた異能でシスターと共に旅に出る

雨結 廻

第1話 1話(1)

 この世界は理不尽と不平等で溢れているが、その一方で幸せになるチャンスも一定数与えられている。

これは、俺の15年という人生を語る上ではあまりにも短い年月から導き出した最初の結論である。

俺は産まれた時には、両親の顔を認識するよりも前に姿を消しており、いわゆる捨て子として道路の端の方で放置されていた。

さらに、運の悪いことに俺が捨てられた道路は人が全くと言っていいほど通らない草木だらけのほとんど廃墟に近い場所だったこともあり、産まれて早々いきなり絶望的な状況。

そんな言葉も歩くことも出来ない産まれたばかりの俺に救いの手を差し伸べたのはヴァンロード聖教会でシスター『ヴァンティア』だった。

ヴァンティアのいるヴァンロード聖教会は森の奥にそびえ立っていることもあって、今は僕と同じ境遇の子どもたちと一緒に過ごしている。

特に有名な聖教会というわけでもなく、誰かがこの辺りの道を頻繁に通っているわけでもないので本当に静かでド田舎である。

それ故に、俺も含めてヴァンロード聖教会にいる子どもたちは鬼ごっこなので遊びながら、毎日をシスターであるヴァンティアと共に充実の日々を送っていた。

「皆さん。夕飯の支度が出来たのでそろそろ戻ってきましょう」

「はーい!」

シスターヴァンティアの全てを包み込むような優しい呼びかけにまだ幼少期真っただ中の俺は一目散でシスターのいるところへと走り出していく。

それに合わせるように他の子どもたちも鬼ごっこをやめてシスターのところへと足を運ばせた。

俺達が遊んでいる間、シスターは子供20人全員分のカレーを用意してあり、すでに全員分のお皿とカレーを入れ終えていた。

俺たち全員が自分の椅子へと座るのを確認したシスターはゆっくりと手を合わせ

「今日も神様のご加護と恵みに感謝を。いただきます」

「いただきます!」

シスターの後に続くように俺たちは神様に感謝しながら手を合わせた。

その後は外で俺も含めた子供たちは、たくさん走り回ったことによる空腹を補うためにものすごいスピードでカレーを胃袋の中へと流し込んでいく。

「フフフ。おかわりはたくさん用意しているので焦らなくても大丈夫ですよ」

「シスターの作ってくれたカレーだぞ? おかわりなんてしない方が失礼という名の罰当たりだろ!」

一目散でカレーを平らげ早くも二杯目を口に運んでいた孤児のデッブ。

その巨体の見た目通りと言わんばかりに桁違いのスピードでカレーを流し込んでいる。

俺もこのヴァンロード聖教会に来てから8年ほどの年月が経っていたが、このデッブも含めてもう全員とはすっかり仲良くなった。

ここに来て話せるようになった直後の頃は、シスターはもちろんのこと、自分以外の子どもたち相手ですら、人と触れ合うことに対する目に見えない恐怖心の影響で一人ぼっちの状況が続いていた。

まぁ無理もない。俺は元々生まれた瞬間から誰からも祝福されることなく道端に捨てられ、シスターに拾われるまでは死体とほとんど変わらない扱いを受けてきたんだ。

人から与えられる愛情も友情も小さい頃から知らない俺がすぐに他の孤児たちと一緒に馴染めるはずがなかった。

それでも、俺を引き取ってくれたシスターの優しい愛情や中々馴染むことがなかった孤児たちの優しさにあふれた友情によって徐々に環境に馴染めるようになり、今では毎日が幸せで充実した日々を送れている。

今こうして言うのもあれだが、もし仮に俺を拾ってくれたのがものすごい金持ちだった場合、それでも愛情や友情を一方的に与えられるだけの幸せをしか得られずに、俺自身が本当の愛情と友情を知らないままだったかもしれない。

結果論ではあっても、そこまで裕福とは言えないヴァンロード聖教会に引き取られて良かったと今は思える。

そして夕食を食べ終え、しばらくの時間が経つと他の子どもたちは一斉に寝床へと眠りについた頃、俺はなかなか寝付けなかったこともあり、ヴァンロード聖教会の屋上で晴天の星空を眺めていた。

ここからの眺めはヴァンロード聖教会でしか味わえない隠れた絶景スポットで、ここから見る星空はどんなに嫌なことがあっても全てを忘れさせてくれるだけの凄さがあった。

ちなみに、ここが隠れ絶景スポットであるということは他の子どもたちは知らない。

ある意味、俺しか知らないスポットである。

「このままこの幸せが続いてくれるといいな……」

思わず心の中の本音がこぼれ出た。俺にとっては両親がどんな名前でどんな顔なのかすら知らず、捨て子同然だった俺をシスターは赤の他人として特に虐待や雑な扱いをしるわけでもなく、同じような境遇で引き取られた孤児の子どもたちと共に平等に、優しく接してくれた。

俺にとっては、シスターはもはや真の母親と言っても過言ではなかった。

そんな静かで誰からも邪魔されることはないであろうこの空間を、聞き馴染みのある優しい声が介入してきた。

「あらあら。寝床で一人いないからどこに行ったのかと思えば、こんなところにいたんですね。ローデン」

「し、シスター!? なんでここに?」

俺は思わず三度見した。今までずっと、ここでたまに星空を眺める時は決まってシスターが既に眠りについている時だったので、この時間に起きているのはもちろんの事、屋上に俺が来ていることを知っている様子だったのもかなり予想外だった。

「なぜって君のように子供たちが私の眠りについた隙を見て変な行動をしないようにですよ? それにしても、まさかあなたがここを知っているなんて」

「そ、それは、その……」

まさか、ここは入ってはいけない場所だったのか?

いや、それならシスターが事前に俺たちにここに入ってはいけないということを伝えているはず。

「もしかして、ここから見る星空を見るためにここに来ているのですか?」

「え? は、はい。俺はこの綺麗な星を見るためにたまにこうしてこっそり見に来ているんです。そ、それ以上のことは本当に知りません!」

シスター相手に黙っていたことに間接的な謝罪を入れつつ、正直に理由を話す。

相変わらずシスターはずっとママのような微笑みを変えていないのが逆に怖い。

数十秒ほどの沈黙の後、シスターは俺の頭を右手でよしよしと撫でると表情を崩さずに語り始めた。

「なるほど。それなら問題ないですよ。ローデンの言う通り、ここからの眺めはヴァンロード聖教会でしか味わえない絶景の星空ですから。星空を眺めること以外で他に何かこっそりやらかさない限りは大丈夫ですよ」

その時のシスターの顔は見かけの笑顔からは想像もつかない恐怖を始めて感じた。

最後にここで星空を眺めに来ること以外に何かを見つけようとする行動をするなということを示唆していた。

具体的な場所で言えば、おそらくここに来る最中に横を通ったシスター専用の部屋のことを指しているはず。

元々、自分はシスターに恩義を感じていたので俺が黙ってシスターの部屋に侵入するつもりはなかったがシスターからの忠告で絶対に中に入らないでおこうととりあえず心の中で誓うことにした。

「さて。もう時間も遅いですしそろそろ寝床につきなさい。今回に限ってローデンが私に無断で屋上に行って星空を眺めていたことは特別に黙っておきます。ただし、次からは無断で行動するのではなく、事前に私に声をかけてからにしてくださいね。後、屋上と子供たちの部屋、食堂以外で他の部屋に入らないようにしてくださいね。約束を守れないと、ローデンも含めてきついお仕置きを下さなければならないので」

シスターは念を押すように俺の耳元でささやきながら、屋上から下へと続く階段で降りて行った。

俺はこの日、これまで表向きの温かい優しさしか知らずに育てられてきたシスターの底知れぬ恐怖を感じ取った。

その日以来、俺はシスターの言う通りに過ごしてきた。

シスターの部屋や数多くの聖書が置かれている本部屋にもドアノブを触ることさえしてこなかった。それもあってか、シスターの方から何か忠告を受けることもなく、全く争いのないド田舎の村で住んでいるようなのどかな日々が続いていた。

 しかし、その日から数年の月日が経ったある日。

俺はついに、シスターが外出する隙を見てシスターヴァンティアの部屋へと足を踏み入れることになる。

その行動をきっかけにヴァンロード聖教会でののどかで平和な日々が崩壊していくことになる。



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