あこがれに至る病

鋏池穏美


 私はどこにでもいる普通の高校生……、でした。でももう「普通の」とは言えないんです。毎日学校に通い、友達と笑い合い、部活に励み、憧れの女優さんの話をして盛り上がっていた日々はもう、二度と。私の日常はある日突然、静かに崩れ始めました。


 はじまりは一ヶ月ほど前。訪れたのは些細な変化。いつも通りの朝、私は体の異常なだるさで目を覚ましました。腕や足に違和感があり、体を思うように動かせない。筋肉痛のような感じと言えばいいのか、その時は部活などで疲れているだけだろうと思いました。ですがその感覚は日を追うごとに強くなり、まるで自分の体が違うになったような……。


 時間が経つにつれ、その違和感は増していきました。腕も足も、自分の思うように動かせないもどかしさ。さすがにこれは異常だと思い、病院に行きましたが……、検査の結果は異常なし。


 それから数日後、ふと見た鏡に写る自分の姿に、驚きました。なんとなくですが、腕の形が、足の形が、なんだか歪んだように曲がっていたんです。最初はただの錯覚だと思いたかったのですが、次第にそれが現実だと理解しました。


 私の体は徐々に形を変えていきました。腕や足が細長くなり、腰は不自然に曲がり、動きも次第に不自然に。まるで体を無理に折り曲げられているかのような感覚でしたが、だるいだけで痛みはありません。ですがそんな形の変わっていく私に対し、周囲の私を見る目も変化していきました。はじめは驚き、次第に恐れ、そうして避けるように目を伏せる。


 視線を感じるたびに胸が締めつけられる思いでした。誰かが声をかけてくれることもなく、やがて私は一人ぼっちに。教室で窓の外をぼーっと眺める私に対し、「あれやばくない?」、「マジキモいんですけど」という心無い言葉が。


 日が経つにつれ、私は歩くのさえ困難になっていきました。それでも学校には来たかった。友達に会いたかった。もう友達なんていないことはわかっていたけれど、あの普通だった日々が懐かしくて──


 ある日の放課後、私は校庭の隅で一人、静かに立ち尽くしていました。教室の窓からは、突き刺さるような好奇の目たち。そんな私に、友達だったはずの子が笑いながら叫びました。


亜子あこー! もしかしてオブジェにでもなるつもりー?」


 振り返った私の姿が、鏡のようにきれいなガラス窓に反射しました。そこには平仮名の「れ」の形に変わった私の姿。


 あこがれ病。


 最近発見された奇病で、「あこ」という名前の人だけが罹患する奇病。


 「あこ」が「れ」に至る病。


 ガラス窓に反射した私の姿は、泣いているはずなのに──


 ただの「れ」にしか見えませんでした。




 ──あこがれに至る病(了)


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あこがれに至る病 鋏池穏美 @tukaike

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