第14話(後編)――「偽金の裁きと税の公示」

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『忘れられた皇子』(第十三章第14話)【作品概要・地図】です。

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『忘れられた皇子』(第十三章第14話)【登場人物】です。

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前書き

992年5月26日、公堂で「偽金」騒ぎが起こると崔俊宥チェ・ジュンユは炉で指輪を試して職人チェンの潔白を示し、虚偽の訴えを退ける。居合わせた白玲珑バイ・リンロン李慕然リ・ムーランに招かれた『翠雲楼スイウンロウ』の昼食で、白玲珑が「税額の公示」と「市場での徴収をやめ役所納付と証明発行に切り替える」案を出し、俊宥は採用を決める。


本文


 その場を静かに見守っていたのが、南唐の王族の末裔、白玲珑バイ・リンロン李慕然リ・ムーランの母子であった。


 「見事な裁きでした……」白玲珑バイ・リンロンが呟く。


 隣で李慕然リ・ムーランの目が輝いた。


 「母上、彼は本当にすごいですね!」


 熱の残る炉を背に、母子の頬に淡い紅が差す。


 「母上、今日の昼食は私たちがご馳走しましょう!」


 「それは良い考えですね」白玲珑バイ・リンロンは微笑み、正面の席へ向き直る。「閣下、よろしければ、妓楼『翠雲楼スイウンロウ』で昼食をご一緒にいかがでしょう?」


 「では、お供させていただこう」


 門を出ると、午の陽が石畳を白く照らし、杭州ハンジョウの通りは胡麻油と焼き餅の香ばしい匂いに満ちる。移ろう人影のあいだから、俊宥ジュンユは歩きながら副官に声を掛けた。


 「市場の税金に関する訴えがあったな」


 「はい、閣下。スンという小役人が商人から不正に上乗せした税を徴収していた件です」


 「これについては、後で調査するとしよう。今は、昼食を楽しもう」


 張勇チャン・ヨンは頷き、人波に紛れて去った。


 妓楼『翠雲楼スイウンロウ』は、絹の暖簾が静かに揺れ、燈籠の光が和紙を透かして柔らかに広がる。白檀と龍涎の香が薄く交じり、琴の一音が畳の目を撫でるように流れる。


 「ここは……思ったより静かですね」


 俊宥ジュンユの感嘆に、白玲珑バイ・リンロンが小さく笑む。


 「妓楼とは言え、ここは知識人や文人たちが集う場所。静かな宴を好む方々のための場でもあります」


 卓上に、杭州の精巧な皿が次々と置かれる。西湖醋魚シーフーツーユーは甘酸の香りが立ち、柔らかな身が舌でほぐれる。龍井蝦仁ロンジンシャーレンは茶の青い香がエビの甘さを引き立て、東坡肉ドンポーロウは脂の照りが箸に絡んでほろりと崩れる。


 「これは素晴らしい」


 俊宥ジュンユが箸を進めると、李慕然リ・ムーランが嬉しそうにうなずいた。


 「閣下、お口に合いましたか?」


 「うむ」俊宥ジュンユは杯を傾け、喉に温かな流れを落とす。「このような静かで品のある席も、たまには良いものだな」


 白玲珑バイ・リンロンは真っ直ぐに視線を合わせ、静かに言った。


 「閣下のような方が、この杭州を治めてくださるのは、民にとって幸いなことです」


 茶の湯気がふわりと立ち、器の縁に光が細く宿る。ここに、新しい信頼の芽が確かに結ばれたのである。


 午後、風は涼しく、翠雲楼スイウンロウの片隅は光が和らいでいた。


 「閣下、この後は役所でどのような案件をお控えでしょう?」


 「些細なことだ。市場で役人が不正に課税していたという訴えがあり、その調査を行う予定だ」


 「ほう……それは興味深いですね」


 白玲珑バイ・リンロンの唇の端がわずかに上がる。柔らかな視線の底に、家計と秩序を読み解いてきた者の鋭さがのぞく。


 「不正な課税というのは、具体的には?」


 「スンという小役人が、商人たちから本来の税に上乗せして金を徴収していた。私腹を肥やしていた可能性が高い」


 「なるほど……」


 彼女は杯を置き、身を寄せて囁く。


 「それならば、まず市場で『正規の税額を公にすること』です。役所に記録があるはず。商人たちが知ることができる形で公示すれば、不正がすぐに露見するでしょう」


 「確かに、公示すれば、民衆もどこまでが正当な税かを理解できる」


 「そして、市場で直接税を徴収するのではなく、役所で正式に納税させる仕組みに変えるのはいかがでしょう?」


 「つまり、役所での納税証明を発行し、それを持って初めて商売が許可されるようにする、と?」


「はい。市場で税を取るから、不正が生まれやすくなるのです。すべて役所で手続きをすれば、不正の余地は限りなく減ります」


 「なるほど……」


 茶の苦みが舌に残り、思考の輪郭をくっきりさせる。俊宥ジュンユは短く頷いた。


 「見事な手順だ」


 白玲珑バイ・リンロンは微笑む。


 「妓楼の女将として、日々金の流れを見ておりますので」


 杯が軽く触れ合い、乾いた音がして消える。彼女の過去——南唐の王族の血と、現在の冷静な眼差しが一筋に結ばれて見えた。


 「貴方のような方が、この杭州ハンジョウを治めてくださることを、民は誇りに思うでしょう」


 「ならば、この策を試してみよう」


 こうして、妓楼の静寂の中で、税の公示と役所納付への切替という実務の骨格が整えられた。帳簿は整い、札は掲げられ、街のざわめきは、次第に秩序の鼓動へと変わっていくのである。


後書き

公開の裁きで公正を示し、食卓の対話で手続きを整えることで、不正上乗せの余地が小さくなり、商人と小役人の癒着に切れ目が入る。次回は公示と証明の運用を実地で回し、現場の問題を潰していく段に入る。

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