第2話 そ、そんなこと聞く? ふつー……

「じゃじゃーん! 見て見て誠、今日のお昼はカノンちゃん特製弁当だよ~♪」


 昼休みになるやいなや、満面の笑みでオレの前に弁当箱を差し出してきたカノン。


 しかしここでほだされる訳にはいかないオレは、苦渋の思いで首を横に振った。


「いや……悪いけどオレは、学食で食べるから」


 するとカノンの表情が、あっという間に曇っていった。


「え~!? わたし、朝早く起きて、一生懸命すっごく頑張って作ったのに……誠はそんな冷たい人だったんだ……よよよ……」


 カノンは大げさに嘆いて見せると、そのまま床にへたり込んでしまう。


「ちょっ、ちょっと……?」


 クラスの女子たちが、興味津々に視線を向けてきている。


 く、くそ……わざとやってるのは明らかだが、このままでは周囲からの視線が痛い。


 そもそもこうやって、クラスの中心であるカノンがオレにちょっかいを出してくるから、オレは他の女子からアプローチを受けなくて済んでいる、という力関係もある。


 だからおおっぴらにカノンを振るわけにもいかないし……振ったら振ったで、別の女子から言い寄られるだけだ。


 くっ……前世だったら、こんな美味しすぎる状況、喜ばずにはいられないというのに……!


 それに、わざわざ弁当まで作ってきてくれたというカノンの気持ちは無下にできない。


 だから仕方ない……仕方がないのだ……!


 つまりこれはイベントではない。フラグも立たないはず……たぶん。


「わかったよ、わかったから! 一緒に食べよう。だから泣くのはやめてくれ!」


「ホント? やったー! 計画通り」


 急に立ち上がり、明らかに嬉しそうに笑うカノンを見て、やっぱり欺されていたと思うも、いずれにしても、この弁当攻撃を回避するのは不可能だった。


 このクラスのヒエラルキーまで見抜いた上での戦略なのだから。カノン……恐ろしい子……!


 ということでやむを得ず、カノンと一緒に弁当を食べることにしたオレだが、これ以上流されないようにしないといけない。


 そうでないと、あっという間にNTR展開に突入してしまうからだ。


 その旨を伝えるべく、オレは慎重に言葉を探しながら「なぁ……藤宮さん」と呼びかける。


 すると、頬を膨らませたカノン(か、可愛い……!)の視線がオレを射抜いた……!


「もぉ……カノンって呼んでよ」


 むくれた表情のカノン。怒った顔まで可愛いなんて思ってしまう自分に……イヤになってしまう。


 でも仕方がないよな。画面の中のアイドルが、目前にいるようなものなんだから……!


「わ、分かったよ、カ、カノン……」


「うん、よろしい」


 などと冗談めかし、横行に頷いてみせるカノン。


 その一挙一動に、オレは目眩を覚えるほどだったが……ここで怯むわけにはいかない……!


「あのさ、今日は一緒に食べるけど、明日からはお弁当作ってきても、一緒には食べないからな?」


 するとカノンは、驚くほど切なげな顔をして、涙目で見つめてきた。


「わたしのこと……そんなに嫌い……?」


「い、いやっ……!」


 その表情はあまりに真に迫っていて、演技なのか本気なのか、まったく見分けがつかない。


 やばい……これは本当に悲しませてしまったか!?


 慌てたオレは、必死で弁明を始める。


「き、嫌いとかそういうのじゃなくて……」


「なら、どうしてそんなこと言うの……?」


「そ、それは……」


 ここでカノンを受け入れてしまいたいという気分が九割九分にまで膨れあがるが……


 オレはすんでの所で立ち止まる!


 受け入れたところで、行き着く先は破滅しかないのを知っているのだから!


 そうしてオレは悩んだ末に、ふと妙案を思いついた。


「なぁカノン。キミはさ、オレが男子だから一緒にいたいんだろ?」


「え? そ、それは……そうだよ? わたしだってうら若き乙女なんだし……」


「いや、そういう話じゃなくてな……オレが男だから、希少価値があるってだけで、しかも同じクラスで席が隣だから興味を持っただけだろ?」


 するとカノンは、まるで予想外だったかのように、目を大きく見開いてぱちくりさせた。


 そんな間の抜けた表情にまたクラッと来そうになったが、必死で耐えつつ、オレはさらに言葉を重ねる。


「だったらさ、別のクラスにもう一人、男子がいるだろ? アイツ、すごいイケメンだし、そっちにいった方がよっぽどいいんじゃないか?」


 そもそもカノンほどの美少女なら、クラスが違うとか席が隣じゃないとか、そんなのは関係ないのだ。


 そのルックスだけでも、クソエロゲの敵役──神代蒼真かみしろそうまを簡単に落とせるだろう。加えて、この積極性と人なつっこい性格だ。堕ちない男なんているはずない。


 ……はぁ……もったいない気持ちで一杯になるが……でも、これでいいんだ。


 どうせ付き合ったって、あのキザ男にNTRされるわけで。ならさっさとカノンを焚きつけてしまったほうがマシだ。


 今ならきっと、まだ傷は浅い……はずだが……胸がズキッと痛む。


 くそ……前世では推しキャラだった美少女を、まさか自分から遠ざけるようなマネをするとはな……ちょっと泣きたくなってきた。


 などと考えていたらカノンが……驚くほど真剣な眼差しでオレを見つめていた。


「誠……本気で言ってるの?」


 カノンの雰囲気が、明らかに変わっている。


 陽キャで笑顔が多い子だけど、こういう顔をされると圧がすごい。


 オレは、喉をゴクリと鳴らしてから口を開く。


「あ、ああ……本気だ……」


 心なしか声がうわずっている。めちゃくちゃ手が震えそうだが、ここで逃げるわけにはいかない。


 カノンはガタッと立ち上がる。テーブルを挟んでオレを睨み下ろすようにして、一気にまくしたてた。


「じゃあ……はっきり言ってあげる!」


 その瞳には迷いがない。そして放たれた言葉は、あまりに予想外だった。


「あんな優男より、誠のほうがずっとずっと魅力的だもん!」


「…………はぁ!?」


 突然の告白に、オレは上擦った声をあげてしまう。


 な、何を言っているんだコイツは!? しかも教室のど真ん中で!


 だけどカノンの勢いは止まらない。


「近くにいた男子ってだけで興味を持った、なんて思われてたとか……すっごく心外!」


 カノンは、この一週間で見たこともないような顔で──つまり真剣な表情でオレに言ってきた。


「今わたし、めちゃくちゃ怒ってるからね! 本気だかんね!?」


「え、あ……え……?」


 突然のことに状況が飲み込めず、戸惑うしかないオレに、カノンが畳みかける。


「まだ分からないの? 希少だからとか近くだからとか、そんな理由で誠にちょっかい出したわけないでしょ、って言ってるの!」


 はっきり言われて、思わずオレは、ぽつりと言っていた。


「な、なら……なんで……?」


 つい口をついて出た疑問に……


 カノンはふいに頬を赤らめた。


(え? なにこの反応……?)


 オレは唖然としながらも……その内心はドギマギだった……!


「そ、そんなこと聞く? ふつー……」


 などとつぶやきながら、カノンはすとんと席に落ちた。


 そしてチラチラとオレに視線を送ってきては……何かを振り切るかのように、照れ隠しっぽい口調で言葉を継ぐ。


「ま〜あ? 誠の言うとおりあの男、神代っていったっけ? アイツは、誠よりも顔がいいし」


 突然のディスりに、覚悟していなかったオレは思わず胸を押さえる!


「ぐっ……!」


「誠より、頭もいいし?」


「ぬぐっ……!」


「誠より、運動神経も抜群だって話だし?」


「ぐはっ……!?」


 まったくもってその通りだが!?


 しかも自分で焚きつけておいてなんだが!!


 オレのライフはもうゼロよ!?


「でも……」


 カノンはそこで言葉を切ると、不敵な笑みを浮かべてオレを見据えた。


 まるで睨み付けてくるかのように、あるいは挑んでくるかのように。


「からかって楽しいのは、ダンゼン誠のほうだしね!」


「…………はぁ?」


 な…………


 なんだそれは!?


 言われたオレは怒るべきか呆れるべきか、リアクションに困る。


 その隙にカノンは、すぐにニヤリとして言った。


「あ、怒った? ねえ、怒った? でも、わたしを怒らせた罰だかんね? 仕方ないでしょ」


 くいっと人差し指を立ててから、軽くオレを指さす。


「要するにわたしは、あんな男より、誠のほうが愛嬌あって全然好きってこと」


「…………へ?」


「あっ!? もちろんアレだよ! あくまであの男と比べたら、だからね!? そのへん勘違いしないでよね!」


 最後はツンデレのごとき誤魔化しに、オレはどう返せばいいかまったく分からない。


 だから言葉を詰まらせていると──


「カノン。あなたは一体、何をしているのよ」


 ──背後から少し低めの声が響いた。


 びくっとしてから振り向くと、そこには購買袋を提げたクール系の美少女──高峯雪乃たかみねゆきのが立っていた。

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