第3話 っていうか、ゆるキャラスタンプって

「カノン。あなたは一体、何をしているのよ」


 開口一番、冷ややかな声がビシッと飛んできて、オレは思わず背筋を伸ばす。


 視線の先にいるのは……高峯雪乃たかみねゆきの


 いつもクールな印象だけど、今日はやけにピリピリしているように見えた。


 対するカノンは、まるで挑発するかのように弁当箱を掲げ、ニヤリと笑ってみせる。


「何って、誠とランチしてるんだよ。雪乃も誘ったはずだけど?」


 「見て見て」と言わんばかりに弁当を掲げるカノンに、雪乃は購買袋をぎゅっと握りしめた。


 普段の昼休みなら、あちこちでお弁当やパンを広げてキャッキャしている光景が広がるのだが……カノンと雪乃の雰囲気をすでに周囲も察したのか、ちょっと空気が張り詰めた感じになっていた。


「……手作り弁当なんて、聞いてないんだけど?」


「え、そうだったっけ? ごめんごめん」


 カノンは悪びれた様子もなく、さもうっかりという感じで頬を掻く。


「わざとらしい……」


「そんなことないと思うけどな〜?」


 あくまでもとぼけるカノンに、しかし雪乃は、それ以上追求しても仕方がないと思ったのか、ムスッとしたまま着席した。


 ここに至るまでの一週間、オレは二人のやり取りを何度も見てきた。いちおう前世のゲーム設定では「カノンと雪乃は親友」となっていたんだが……この世界ではどうもそうは見えないんだよな。


 そもそもゲーム内では、ヒロイン同士が絡むシーンは少なかったから、二人がどんな会話をしていたのかなんて、ゲーム知識では分からないし。


 だから実際にリアルで見ていると「え? 本当に親友なのか?」と戸惑うばかりだ。


 とにかく、そんな微妙な空気の中で始まったランチタイム。


 オレは仕方なくカノンの弁当を受け取り、一口頬張ってみた。


(……う、うまい……!)


 心の中で自然と感嘆の声が漏れた。確かに「カノンは料理上手」って設定ではあったけど、実際に食べるとホントに美味い。


 感動しているオレをよそに、カノンはしたり顔をオレに寄せてくる。


「どう? わたしってば、見た目通り女子力高いでしょう?」


「お、おう……さすがだな……」


 危うく「最高にうまい!」と叫びそうになるが、変に褒めちぎったらフラグが立つんじゃないかとビビって、オレは適度に言葉を濁す。


 ところが、カノンは次のターゲットを雪乃に移したらしく、にやりと口元をゆがめた。


「それに比べて雪乃は……料理とか作ったことないんじゃないの?」


 いきなりその話題を振るか……!?


 雪乃はムッとしたまま言ってくる。


「別に……レシピがあれば作れるし」


「えー? レシピ見ないと作れない時点で、女子力どうなのって思うんだけど?」


「どういう意味よ」


 バチバチ……と火花が散る音が聞こえてきそうだ。


 まずい、このままじゃ険悪度が急上昇してしまう。だからオレは二人の間に割って入る。


「ま、まぁまぁ……二人とも落ち着け。カノンは確かに料理上手だけど、高峯の言うとおりレシピ通りに作ることも重要で──」


「ちょっと」


 なんとかフォローを捻り出しているというのに、雪乃がジロリとオレを見てきた。


「なんでカノンだけ名前呼びなのよ」


 ま、またそれか……


 苗字か名前かで呼ぶのが、そんなに重要なのだろうか?


「あー……じゃあこれからはキミも雪乃って呼ぶから」


「なにそれ。わたし別に、強要してないし」


「う、うん……でも雪乃って呼ぶよ」


「………………好きにすれば?」


 ふてくされっぱなしだというのに、雪乃は頬を少し赤らめていた。


 ああ……まずい。これで雪乃の好感度も少し上がってしまっただろうか?


 好感度が上がれば上がるほど、NTR率もあがるというのに……!


 とにかくオレは冷や汗を拭い、たわいのない話を二人に振っていった。


 うう……前世では、こんなに気を使うことなかったのに……まぁその分、女子二人と一緒に昼だなんてシーンもなかったけれども。


 そんなこんなでドキドキ・ギスギスしながらも、なんとかランチタイムは終了。


 カノンの弁当は全部食べたが、せっかくの美味しい弁当だというのに、味わった気がしなかった……


 ほっと一息ついて「やれやれ、授業のほうがまだ平和かも……」と思いながら授業の教科書を取り出したとき、スマホに着信が入る。


 画面を確認すると、雪乃からのメッセージが届いていた。


(なんのようだ?)


 雪乃とは、入学初日に連絡先交換はしている。カノンに促される形で。


 だけどこれまで、メッセージが入ってくることなんて一度もなかった。


 まさか、手作り弁当の件で何か言いたいことでもあるのだろうか? もうそこまで怒っているようにも見えなかったのだが……


 メッセージを開いてみると「放課後会える? カノン抜きで」と簡潔な文章。


 つまり……カノンには知られたくない話をしたい、ということだろう。


(う、う〜ん……困った。雪乃ルートの好感度を稼いだつもりはないけれど、あのエロゲは、好感度がなぞに上がったと思ったら理不尽なNTR展開になったりもしたし……)


 オレは、できるだけ女子との接触は避けたいんだよ。


 なのにこの貞操逆転の学園では、男女比が2対498となっていたほぼ女子校だから……避けることは出来ないんだよ。


 とはいえ、ここで無下に扱うのも可哀想だし……


 話とやらが、色恋沙汰とも限らないし……


 だからオレはため息をついてから返信する。


(分かった。いったん帰宅してから会うのでいいか?)


 雪乃からは「OK」とのスタンプがすぐ帰ってくるのだった。


 っていうか、ゆるキャラスタンプって……なんか雪乃の性格とマッチしてないなぁ……

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