後編
「生徒会長だったらしいぞ」
登校直後、開口一番、サッカー部3人組のうちの1人はそう言った。
「間違いないらしい。全校生徒点呼した結果、生徒会長がどこにもいないんだって」
「血液のDNAが合ってたって話も聞いたぞ」
「DNAってそんなすぐ分かるもんなの?」
その日のホームルーム前は昨日のこともあっていっそう騒がしかった。皆が色んな噂をしている。だけれども噂で共通しているのは、あの死体が生徒会長瀬戸 野夢のものであるということだけだった。
「でも、自殺か他殺かは分かってないらしい。警察もまだ捜査してるってさ」
などと話をしていると、これまた3人組の女子達が話に割って入ってきた。
「生徒会長が自殺するわけないじゃん! あれは絶対他殺だよ!」
周りから聞こえる噂からしてみても、ほとんどの生徒は生徒会長が自殺なんてするわけないと思っているみたいだ。僕もそれには同意だけど……。
「でもよ、生徒会長は靴を履いてなかったんだぜ」
そう、それだ。あの時、生徒会長の死体は靴を履いていなかった。そのせいでどうしても自殺に見えてしまうんだ。
「それに、生徒会長の靴は旧校舎の屋上にあったらしいぜ。名前も書いてあったから間違いないんだと」
「だったらやっぱり自殺なのか? でも遺書があったって話は聞かないよな」
靴は屋上にあったのか。だとしたらなおさら自殺に見えてしまう。けれど、あくまでそれは見えるだけだ。逆に、自殺に見せかけているという線もあり得る。
「いやいや、靴なんて落下した後、脱がして屋上まで持っていけばいいだけじゃん。そんなの証拠にならないよ」
と女子の1人が言う。でもそれは明らかに間違っている。
「それは違うよ。靴が死体から持ち去られた可能性なんてない」
「えっ、なんで?」
「思い出してみてよ。死体の周りには血溜まりができてたよね? もし落下した後の死体から靴を持ち去ろうとしたら、その血溜まりの中を歩いていかなきゃならないよ」
僕がそう言うと、合点がいったような表情になる。
「なるほど。そうなったら靴に血が付くはずだよな。その状態であるいたら足跡が付くぜ」
「そうなんだ。でも死体発見現場にはそんな足跡なんてなかった。それに靴が血で汚れている生徒がいたら、周りの生徒達はみんな不信に思うはずだよ」
そういった噂が出回ってない以上、犯人が死体から靴を持ち去った可能性はない。
「だったら……犯人は催眠術師だったんじゃないのか!?」
「……は? 催眠術師?」
議論を進めていると男子のうちの1人がバカなことを言い始めた。
「そうさ。犯人は催眠術で生徒会長を操ったんだ。それで旧校舎の屋上まで呼んで、靴を脱がせた。そして飛び降りさせたんだ」
荒唐無稽というか……催眠術なんてオカルトを信じてる辺り、頭が相当お花畑のようだ。脳ミソの中に園芸部でも飼ってるのか?
「でもそれだと犯人の動機がなくね? 催眠術で操れるならどうして殺したんだ? だって俺なら……」
と下卑た笑みを浮かべた男子は3人の女子から袋叩きにあった。自業自得である。
「じゃあ催眠術師の線はなさそうだな」
「うん、僕もそれはないと思う。というか、これは僕の推理になってしまうんだけど……多分死体は殺害現場から移動したんじゃないかな?」
6人はポカンとした顔で僕の方を向いた。まるで意味が分からない、という気持ちがひしひしと伝わってくる。
「さっき生徒会長の近くには血溜まりがあるから近づけないって言ったのは道宮くんじゃん。それって矛盾してない?」
「いや、矛盾してないよ。多分、みんなは死体発見現場と殺害現場を一緒にして考えてるんじゃないかな?」
「その2つって同じじゃないのか?」
死体発見現場と殺害現場は明確に違う。少なくとも僕の考えではそのはずだ。
「うん、その2つは違うんだ。だって僕の推理によると、生徒会長はそもそも飛び降りで死んだんじゃない。死んでから飛び降りたんだよ」
「死んでから飛び降りた!?」
現場の状況だけだとその推理にはたどり着けなかった。だけど、よく考えたらそれしかあり得ない。だって生徒会長が自殺なんてするはずがないんだから。
「つまり、生徒会長は殺された後、屋上から落とされたんだよ」
「こ、殺された後に落とされたって……なんでそんなこと……」
そう、問題はそれだ。どうして犯人はわざわざそんなことをしたのだろうか? その答えは死体の様子を思い出せば分かるはずだ。
「……死体って頭が弾けたみたいになってたよね。だとしたら犯人は、頭を下に落としたんじゃないかな。確実に頭を破壊してしまうために」
「頭を破壊って……犯人はそんなに生徒会長を恨んでる奴だったのか!?」
「いや、おそらくだけど、死体の損壊は恨みによる行為じゃないはずだよ。多分、証拠の隠滅を図ったんじゃないかな」
そうだ。殺害した後わざわざ死体を壊す理由は、証拠を消したかったからだ。その証拠ってのはおそらく……。
「殺害した時に付いた、傷口か……!」
「傷口……まさか頭に付いた傷口を隠すために、頭から落としたってことか!?」
だとしたら辻褄が合う。殺害した後に屋上から落としたという辻褄と合うんだ。
「それに、生徒会長が既に殺害されていたなら、事前に靴を脱がせて自殺に見せ掛けることもできるよ」
「だけど、いくら朝は人が少ないからって言っても、生徒会長を背負って運んでいたらさすがに人目につくよね。でもそういう話は一切聞かないよ?」
「うん、そうだね。多分なんだけど、犯人は死体を袋か何かに入れたんじゃないかな。それこそ、園芸部の麻袋とか……」
そうだ、園芸部だ。僕は今、園芸部が怪しいんじゃないかと睨んでいる。その理由は昨日見た百葉箱だ。
「実は、昨日園芸部の花壇の近くにある百葉箱に、血がついているのを見つけたんだ。しかもその辺りはなぜか全体的に鉄臭かったんだよ」
ついでに言えば、昨日まであった花が軒並みなくなっていたのも怪しい。きっとそこにも理由があるはずなんだ。
「ひょっとしたら、瀬戸さんが殺されたのは園芸部の花壇の近く……体育館裏だったんじゃないかな?」
「た、体育館裏……?」
「うん。犯人はそこに瀬戸さんを呼んで、物置にあったクワで頭を殴ったんだよ。百葉箱についていた血はその時に付着したんだ」
辺りが鉄臭かった理由も、殺害現場がそこだとすれば納得がいく。麻袋も物置にあったしね。
「多分それは突発的な犯行だったはずだよ。犯人は瀬戸さんを朝早くから呼び出して、何か話をしたんだ。だけどその話が犯人の思うようにいかなくて、それで……」
衝動的に殺害したんだ。その時、血が花や地面に降り注いだ。犯人はそれらの血を隠すため、花を刈り取り、土をひっくり返し、水を蒔いたんだ。そして犯行に使ったクワはどこかに隠し、麻袋に死体を入れて旧校舎に運んだ。その後は靴を脱がせ、頭から落下させたんだ。
「で、でも、犯人がたまたま近くにあった園芸部の道具を使っただけって可能性も……」
「いや、それはないよ。だって園芸部の物置小屋の扉には鍵が掛かっているんだ。だから園芸部以外が物置小屋の道具を使うことはできないよ」
外に出ていたクワだけならまだしも、中に入っていた麻袋はどうやっても園芸部しか使えない。つまり、僕の推理が正しいなら犯人は園芸部の部員のはずなんだ。
「そういえば、生徒会長って最近ストーカーされてるって話聞いたよ!」
「その話は僕も知ってるよ。ストーカーの正体は彼女の幼なじみで、その人は園芸部に所属しているらしい」
「じゃあ……!」
全ての点と点が線で繋がった。百葉箱の血痕、消えたクワ、血の臭い、頭を砕かれた死体。犯人はクワで瀬戸さんの頭を殴り、傷口から凶器を特定されないように屋上から突き落として死体を損壊したんだ!
「その園芸部のストーカーが、瀬戸さんを殺害した可能性が高いと思う」
「す、すげぇぜ道宮! それでそのストーカーの名前は何なんだ!?」
そう言われてハッとした。そういえば僕はストーカーの名前を聞いていない。幼馴染ってことは3年生だろうけど、園芸部の3年生なんて何人かいる。その中の誰が幼馴染だったかなんて、分かりっこない。
「ご、ごめん。ストーカーの名前は知らないんだ。だけどやっぱり瀬戸さんは他殺の可能性が高いと思うよ」
「まぁ何もかも分かるわけがないか。でもすげぇよ道宮。この推理を警察に教えたら表彰モンだぜ」
表彰……こんなことで表彰はされたくないなぁ。だけど真実を明らかにしたい気持ちはあるから、やるなら匿名での情報提供かなぁ。それもかなり勇気がいるけれど、死んでしまった瀬戸さんのためだと思えば頑張れる気がする。
「よし、決めたよ。僕の推理を警察に持っていく。それでその後の捜査は警察に任せるよ」
こうして、瀬戸 野夢さんが死亡した事件は幕を閉じた。僕は放課後匿名で警察に推理を綴った文書を送り届け、以降は一切事件に関わらないと決めたのだ。
それから1週間後。新聞にこんな記事が載った。
『都内の女子高生飛び降り自殺、警察は事件性なしと断定』
結局、僕には何が真実だったのかは分からない。ストーカーは本当に瀬戸さんを殺害したのか。警察はどこまで調査をしたのか。犯人の動機は何だったのか。分からないことだらけだ。
所詮僕はただの高校生。真実を暴くには何もかもが足りない。瀬戸さんの事件の全容を明かせなかったのは、単に僕の力不足だ。僕は今でもそのことが悔しくて、あの時はどうすればよかったのかを思い悩んでいる。
みんなの憧れ殺人事件 ~百葉箱は血を啜る~ ALT・オイラにソース・Aksya @ALToiranisauceAksya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます