第2話

僕にとって…ううん、僕だけじゃない。ご主人にとっても、それから、きっとこの話をしたら、誰であっても、驚くような、そんなことが起きたのは、5月の半ば、とっても気持ちよく晴れた朝だった。こんな素敵な奇跡が起きるなんて、誰が予想しただろう。



「じゃあ行ってくんねっ」いつものように寝坊して、講義に時間ギリギリのご主人は、軽く僕にキスすると、猛ダッシュで出かけて行った。こんなに時間のない朝でも、ご主人は身だしなみには手を抜かない。今日も、ちょっと変わったヘアアレンジをしていった。所要時間は7分弱。ご飯よりもオシャレ優先なんだもんなぁ。…まあ、自分は食べなくても、僕のご飯はちゃんと用意していってくれるんだけど。

 今日は部活がある日だし、ご主人の帰りは遅くなりそうだ。まだベッドの上でウトウトしてた僕は、大きくあくびをして、二度寝をすることにした。ぽかぽかと陽射しが暖かくて、少し開けたベランダの窓から入ってくる風が心地よい。こんな日は、いくらでも寝れちゃいそうな気がする。どうせ僕は1日中ヒマなわけだし、もうちょっと寝よう…


空がオレンジ色になってきた頃に、ようやく僕はあまりにお腹が空いて、起きることにした。

ずっと同じ体勢で寝てたから体が痛い。大きく伸びをして、目を開けた僕はびっくりした。そりゃもう、本気で一瞬心臓が止まったくらい。

あまりの驚きで、手足が震えてうまく動けない。足下がなんかフワフワしてる。心臓の音が、いつもの何倍にも大きく聞こえて、体中のいたるところでドクン、ドクン、といっているのがわかる。頭の中が真っ白で…いや、その割には妙に冷静な気もするんだけど、それから、口がすごいカラカラに渇いて苦しい。上手く呼吸ができてない。目眩もしてきたみたいだ…だけど、どうしたって、これがどういうコトになっちゃってるのか確かめなきゃいけない。どういうことにっていうか、何が起こっているのか確かめなくちゃ。どうか夢であってくれ、僕の気のせいであってくれ…何かに祈るように、縋るようにして、僕は台所の前にある大きい鏡の前に立った。

『やっぱり…』

 ぎこちなく手や足を動かしてみた。首を傾げたり、ポーズをとってみたりした。

 間違いない。鏡の中で、僕が動かすのと同じ動きをしてる。

 もう否定することのできない現実になってしまった…

 僕は、力なく膝をついた。

 涙で鏡の中の僕(らしき人物)が滲んで見える。なんだか無性に笑いがこみ上げてきて、僕は一人自嘲するかのように笑った。こんなことがあっていいの?!後ろにそのままバタリと倒れると、心の中で叫んだ。


『僕、人間の女の子になっちゃってるーっ!!』



 なんで僕がこんなに驚いているか、動揺してるかって?…そりゃあ誰だって驚くさ。

 だって僕は、朝ご主人が出ていった時までは、確実に、なんの疑いもなく、生物学的にも、ネコだったんだもの。3歳になったばかりのロシアンブルーのメスだったんだもの。

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