三
第12話
重い体と空っぽな心をひきずりながら講義を受けた。はっきり言って、何も頭に入ってこなかった。先生の話も右から左へと、何の意味も持たないただの雑音のようにすり抜けていくだけで、何も響かない。
「あ、アリサ!いたんだ~!」
元気な山ちゃんの声に不意に目が覚めたようにあたしは顔を上げた。
「あぁ、うん。」
「ご飯一緒しない?」
「いいよ。あ、その前に一服しようよ。」
「そだね~!…なんかアリサ今日元気ない?」
「実は昨日…」
終電を逃し男友達に泊めてもらったら、と多少脚色して昨夜の出来事を笑い話にして話した。うんざりそうなポーズをしてみせるあたしに、山ちゃんは素直に笑ってくれた。
ドアノブに手をかけた瞬間、喫煙所の中を見てあたしは息を飲んだ。
大きく一回脈打った心臓が、それを最後に止まったんじゃないかってくらいに驚いた。だって、いるはずのない人がそこにいたんだから。
「恭平さん!久しぶり~!どうしたんですか?」
元々大きな瞳をさらに見開いて、山ちゃんが声を上げる。
「おぉ、久しぶり。ヒマだったから遊びに来たんだよね。」
変わらない笑顔、明るい声、光に透けるまっすぐな髪に、狭そうに折り畳まれた長い足…その全てにあたしはまた、釘付けになってしまう。
あたしが半ば放心しながら見惚れていると、山ちゃんがさっきのあたしの話を恭平さんにしはじめた。気付いて、ゲッ…って思ったけどもう遅かった。
「…だったんだよね、アリサ?」
無邪気に振り返る山ちゃんを一瞬睨みつつ、半笑いでうなずく。
恭平さんは、目に涙を浮かべて大爆笑してる。軽蔑されなかったことにひとまず安堵して、あたしは2本目の煙草に火を点けた。
「それ、昼ドラじゃん!」
あたしの顔を見て、まだ笑いが止まらない様子の恭平さんが言う。笑い声も、そのお腹を抱え涙目になりながら笑う様子も全て、輝いて見える。気取られないように、一息吐いてダルそうに返す。
「彼女が鍵持ってたら、昼ドラから一転、火サスでしたけどね。」
「あっははは、じゃあ俺主役になって、事件解決しに行くわ。」
収まらない笑いに肩を震わせて恭平さんは煙草を取り出す。
口の端に煙草をくわえたまま、恭平さんは笑顔で顔をあげ、あたしに言った。
「そういう面白い話、もうないの?」
いくらでも!と叫びそうになった。
このまま、世界中の時計の針を止めてしまいたいくらいだよ。
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