第11話
「じゃあ行くわ。」
「おう、またな。」
笑顔で手を降り歩き出すと、ドアを閉める音に続いて鍵を閉めるカチャンという音が聴こえて、あたしは立ち止まった。
静かすぎるほどの朝6時のマンションの廊下…振り返り、端の部屋のドアを見つめる。
さっきまでその中にいたことが嘘みたいに思えるくらい、クリーム色の扉はあたしを拒絶していた。ケンタの心のドアも閉じられ鍵も締められたんだろう。その中にもう、あたしはいない。
外に出るとほのかに青く染まり始めた空が広がっている。頬を刺すような冷たい空気に、車も人もまだほとんどいない街…あたしはそっと煙草を取り出して火を着けた。
メンソールが吸い込む空気をさらに冷やし、鼻をつき抜ける。溜め息も白く濁る朝の美しさに、あたしは自分を責めるしかなかった。
数時間前のことが嘘のように思える。だけど、チャイムの音が、あの時の自分の心臓の音が、耳から離れない。あたしなんか通り越して彼女を想ってたケンタの眼が焼き付いてる。
チクンって、何かが胸に刺さる。その痛みと、圧迫されたような苦しさに、顔をしかめた。うまく呼吸ができなくて煙草の煙にむせて、わけもわからずに泣いた。
ケンタのことが好きなわけじゃない。これは恋なんかじゃない。なのになんでこんなにも悲しくて空しくてどうしようもなく泣けてくるんだろう。
「わかんないよ…」
小さく微かに呟いた。
違う、本当はわかってるんだ。
自分が誰からも愛されていないということに気付いてしまったから。寂しさを紛らわすように遊びまくってたけど、孤独感は一層強まるだけで、体で満たそうとすればするほど心が蝕まれていくだけで…
薄々気付いていたのかもしれない。でも認めたくなかった。自分のしていることが無駄なことだなんて思いたくなかった。誰からも愛されてないなんて認めちゃったら、自分はどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
誰からも愛されない…誰にとってもただの遊び…みんなほんの一時あたしと時間を共有しただけですぐまた去っていってしまう、愛する人の元へ戻っていく…
あたしは、誰からも必要とされてない。
はっきりと、確信してしまった。
やりたいこともない、誰からも愛されないし誰も愛せない…こんなあたしじゃ、死んでるも同然だ。
体は生きてても、心は死んでしまったのだから…
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