第3話
その後、しばらく彼を見かけることはなかった。
喫煙所仲間で専攻も一緒の友人、山ちゃんに聞いてみたのだが、本人を指して「この人!」とでも言わなければ、どうにも誰なのか分かりそうにもなかった。特徴を並べただけでは、情報が少なすぎる。ここでもまた、あたしは、自分がなぜあの日に彼のことをもっと色々聞いておかなかったのか、どうして話の内容をしっかり記憶しておかなかったのか、後悔せざるを得なかった。
春休み直前の、ある日だった。山ちゃんとあたしは、講義を終えて一緒に喫煙所へと向かった。
「後期も終わりか~。」
「そうだね。あ~あ、結局私、五年目決定しちゃったし・・・」
「大丈夫だって!アリサ一人ではないでしょ。」
「うん、たぶん・・・あ!」
喫煙所の中に、彼の姿を見つけ、私の胸は一気に高鳴る。数ヶ月ぶりに見た彼は、髪が短くなっていて少し幼く見えた。
「山ちゃん、あの人!あの、ストライプのシャツ着てる・・・」
「え?」
「前に、ちょっと話して、名前気になってた人!」
「ああ!恭平さん、だよ。」
山ちゃんに気付き、彼があたし達に向かって笑って手を振る。
・・・『恭平』さん・・・
あたしの事を、覚えてくれているかどうかはわからないけれど、山ちゃんが親しくしているのだから、もしかしたら仲良くなれるかもしれない!かすかに見えてきた希望に、あたしの胸は一層拍動を速めた。また震えだした手を少し見つめ、キュッっと、握り締めた。
「恭平さん!ちょっとやだー、お久しぶりです!」
山ちゃんが元気に話しかけるのを横目に見ながら、私は軽く会釈をした。
「あ、山ちゃん!俺、来年度休学するから。」
「え!休学するんですか?なんで?」
「隔年開講の講義を落としてさー。来年来ても卒業できねーし、一年休学して全国を渡り歩こうかと思ってさ。野外の活動で、インターンとかも行きたいし・・・」
「えー、さみしいー!」
山ちゃんと、恭平さんの二人の会話を聞きながら、あたしは煙草をふかしていた。会話に入ることもできず、かといって、そこから立ち去る気にもなれないので、聞き耳を立てながら平静を装っているしかないのだ。
『来年度、休学する・・・』
わずかに見えかけた希望がまた、消え去った。そしてどうやら、あたしのことは、やっぱり覚えていないようだ。
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