その関係性は
きみどり
その関係性は
懸命に狙いを定め、車椅子から放ったお手玉が見事箱に入った。
途端に、ワアッ!と誰よりも大袈裟に歓声をあげて飛び上がったのは
「ヨッシャ、入ったあー! ゆき子さん、その調子でどんどん入れちゃって! ほら、次のお手玉。急いで急いでっ!」
喜びを弾けさせる真央ちゃんに、ゆき子さんはもちろん、その他の利用者さんも、スタッフからもニコニコと笑みがこぼれる。
私も思わず笑顔になりながら、同時に胸の中で「すごいなぁ」とため息を漏らした。
真央ちゃんは、このデイサービスのアイドルだ。
まだハタチも迎えていない真央ちゃんは私や他のスタッフから見ても子ども、利用者さんから見ても孫みたいな存在で可愛くて仕方がない。
特に利用者さんたちにとっては、そこにいるだけで心がウキウキしてきて、何かしてあげたい、こっちを見てほしいと思えてくる、活力の源になっているようだ。
「マオちゃんが一番嬉しそうだねえ」
「うんうん。楽しそう」
真央ちゃんの担当するチームが「自分だって!」とこぞって玉を入れて褒めてもらおうと盛り上がる一方で、私の担当チームは手が止まってしまった。
「あたしもマオちゃんのチームが良かったねえ……」
その言葉にズキッと胸が痛む。
こんな時、真央ちゃんならどんな声掛けをするだろう?
いくつか思い浮かぶリアクションはあったけど、私がそれをすれば白い目で見られるのは明らかだ。
明るく気安く無邪気なキャラと若さを持つ真央ちゃんがするからこそ極上のサービスになるのであって、暗くてトロくてオバチャンで、オマケにぽっちゃりな私がするのはイタいだけだ。誰も得しない。むしろ、逆効果。
「あれっ?
沈んでいく空気が、そのひと声でハッと霧散した。
対戦相手である真央ちゃんからの声に、望月チーム全員が振り返る。
「頑張れー! 投げて投げてぇー!」
なんの捻りもない声援。でも、大きく拳を突き上げて鼓舞する真央ちゃんに、私は後光を幻視した。
その可愛さと眩しさにクラクラしてくるけど、せっかく真央ちゃんが出してくれた助け船。私も何か言わなきゃ!
「そ、そうですよ、皆さん。ここから逆転したらすごいですよ!」
勝てたら真央ちゃんから「すごーい!」って褒めてもらえるかも。
言外のニンジンを敏感に嗅ぎ取り、チーム望月は目の色を変えてお手玉を放り始めた。
こうしてレクリエーションは白熱し、両チームともいつにない高得点をたたき出して、真央ちゃんからベタ褒めされたのだった。
☆
レクを終え、小休憩となった。
席についている利用者さんたちに、私たちスタッフはお茶を配って回る。
そんな折、「モチヅキさん」と声をかけられた。
「美代子さん、どうしたんですか?」
「ちょっとおトイレに行きたくて……」
美代子さんは歩行や排泄に介助が必要な利用者さんだ。
すぐに連れていってあげたいけど、このお茶をどうしようかな。
と思った瞬間、持っていたお茶のトレーがふわっと軽くなった。
「行ってらっしゃ~い。残りは私が配っとくんで!」
キラキラ笑顔の真央ちゃんだった。
途端に周りの利用者さんたちが色めき立つ。
「マオちゃん、こっちまだもらってないよお」
「こっちもお願いねえ」
「あら。だったら、おかわりしちゃおうかしら」
「はいはーい。順番ねー!」
食堂の看板娘みたいに、真央ちゃんはクルクルと働き始めた。
トイレが近くなるからお茶は飲まない。喉なんて渇いてない。そう言って水分補給を拒否していたスエさんも洋子さんも、真央ちゃんが来てからは嬉しそうにお茶を飲むようになった。
やはり真央ちゃんが淹れたり、配ったり。どこかの過程で推しの関わったお茶は特別な一杯となるのだ。
可愛いうえに気も利くのだから、みんなから好かれて祭り上げられるのも当然だろう。そんな真央ちゃんが私も大好きだ。
大騒ぎを尻目に、私は着々と美代子さんを介助した。
ありがとう、真央ちゃん。
☆
「すごいなぁ、望月さんは」
そう言われたのは、利用者さんの入浴に向けての準備中、真央ちゃんと二人になった時だった。
戸惑う私の手を急にとって、真央ちゃんはハアーとため息をついた。
「本当だ。気持ちいい」
「えっ、なに!?」
しかも、私の手の平をもにもにしながら、そんなことを言い出したものだから、余計に困惑した。
「美代子さんから聞いたんですよ。あたしゃ望月さんの手がお気に入りなんだ~って」
「はあっ!?」
手を握ったまま、真央ちゃんが上目遣いに見つめてきた。
「望月さんの手はいつもあったかくて柔らかいから、サイコー!って言ってました。小休憩のとき、美代子さんに指名されてたでしょ?」
「されてた、けど。……アハハ、まさか太ってるのがそんなことに役に立ってたなんて――」
「違いますよ! 信頼されてるんです。望月さんなら安心だって」
顔を上げて、真っ直ぐに見つめられて。その真剣な表情に私はドキッとした。
「私、美代子さんの気持ちわかるんだ~。私も、望月さんみたいにしっかりしたスタッフになりたい!」
「ええっ!?」
突然の展開についていけない。
「そんな、真央ちゃんの方が――」
「私にあるのは若さだけなんで。今はみんな、私のこと特別扱いして何言っても喜んでくれるし、いろんなこと大目に見てくれるけど、それに甘えてちゃダメだから。私は望月さんみたく、ちゃんと中身を推されるスタッフになりたい!」
いやいや、可愛くて気が利いて、そういう考え方もできる真央ちゃんは十分しっかりしてるよ!?
と心の中で叫ぶ。
でも、そういうことじゃないんだろうな、とも同時に納得していた。
どの仕事もそうだけど、デキるようになるには知識や気持ちだけじゃなくて、経験も必要だ。
経験には時間がかかる。
「……焦らなくて良いんじゃないかな?」
「いや、焦ってはないんで」
焦ってはなかった!
じゃあ、なんて声かけたら良いの。
本気で迷子になって、心臓がバゴバゴ言い始めた。
「望月さんって、私より一年先輩で。私も一年後にはああなれるのかな、なりたいなって。憧れなんです」
「あこがれ……?」
しばらく考えてから意味を理解して、ボッと顔が熱くなった。
さっきから若さ溢れる熱意が眩しすぎて、直視できない。
「私よりひと足早く実務者研修とって、介護福祉士とって……そうやって、いつまでも私の先を歩いてください。憧れでいてください。追っかけるんで!」
そこまで言うと、真央ちゃんはやっと私の手を離して、入浴の準備に戻っていった。
残された私は、さっきまで握られていた手を呆然と見つめる。
どうして私?
一年先輩なだけなのに。まだまだ介護初心者なのに。しかも、ただのパートなのに。
憧れるなら普通、ベテランスタッフでは?
でも、目標にされたからには、それに相応しい存在でありたい。
我がデイサービスのアイドルは、若さ可愛さだけじゃなくて中身も魅力でいっぱいだ。
そんな彼女がもっと輝く姿を、私は見てみたい。
だから私は、自分自身ももっと輝いていよう、輝いていたいと思った。
その関係性は きみどり @kimid0r1
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