消えた道

huyuki

第2話 知らない人

「すみませんがどちらへ行こうとしてるのですか?」

声をかけてきた男はYシャツ姿でその顔は穏やかだった。

「休んでいたら貴方を見かけまして気になりました」

その男は背は高くなかったが細身ながらみすぼらしくはなかった。

右手に持っていた吸いかけの煙草をよく磨かれている黒革靴で踏みつぶし

少年に近づいてきた。


少年は振り向きながら「友人の家に向かっています」と答えた。


「そうですか、住所はわかっているのですか、

失礼ながら御若く見えますが学生さんですか?」


「そうです学生です」と言いながら男と向き合った。

少年は自分では人見知りと思っていないが急に見知らぬ大人に声を掛けられると、

たじろいだ。

ようやく声をしぼり出した。

「声をかけて頂いたのですが、あの初めてなので・・」

最後はしりすぼみになっていた。

少年は男の返事を待たずに、

「会ったったばかりで言いづらいですが借りたノートを友人に返しに行くのです、

僕は病気のため長く入院していました。

ようやく退院できたのでこのノートを返しに向かうところなのです。

ところが町が様変わりしていたり道も新しくなりどう行けばいいのか考えていたのです」

少年は一声言い出すと心の思いを吐き出しました。

「交番?それでもいいですが・・・どうせなら様変わりした町を見ながらでもいいかな、とも思ってます」

昔なじみの店も残ってるでしょうし時間がかかるかもしれませんが今はそんな考えなのです」


「早く届けないと友人が困っているのでしょうって?」


「う~ん、長らく借りていたのでもう必要が無くなっているかもしれません、

成績のいい友人なので他で間に合わせていると思います。

ですが返さないと申し訳ないから、何日かかろうと行きます」


男は少年を見つめたままフンフンとうなずきながら又煙草に火をつけていた。

「携帯電話で連絡はとれないの?」と男は煙を吐き出しながら言った。

お金がないので持っていませんと言うと番号がわかれば私の携帯を使ってもいいが

と男は言った。


しかし少年は会いたいときやそうでないときも自然に会う事ができて電話番号など聞くことも無かったのである。

友人が来てくれたのは入院してまもなくのことでその時にノートを持ってきてくれて

以来パッタリ来なくなったのだった。

だから家はわかるが正確な住所もわからなかった。


男は話を聞きながらまた短くなった煙草を革靴でつぶした。


「日が暮れる前に家がわかればいいが、今日中に着かなければ困

るということでもないのです」


男は腕組みをして聞いていた。

「ノートを貸してくれた友人は必要なら取りにくるだろうし、そうでない

からパッタリ来なくなったということだな」

「病み上がりの身で、体に堪えるでしょう」


「まあ、それは体力の回復のためにもこうして歩いているのです」


今日着かなければ、又出直しですか。


「そうです。何回でも続けます」


男はうなずいてまもなくズボンのポケットに手を入れ何かを取り出した。

まあこれで食べるなり飲むなり足しにしてください、と取り出した黒い財布から二千円をだして少年に渡そうとした。


少年は驚きながらもその手は躊躇していた。

しかし男から差し出された二千円を手に持ったまま、

「見ず知らずの人に、まして初対面の人にこんな恵を受けるとは有り難い、

遠慮なく頂きます。」とお金を受け取った。


「友人の家に着けなくとも、

こんな恵を頂けただけでも今日は感謝すべき日になった」と

礼をしたあとにお名前だけでも・・・と少年は聞いたが男はそんなものはどうでもいい事と男は穏やかな顔に一層の笑顔を浮かべていた。


男は笑顔のまま「じゃあ」と言い、背を向けて少年からゆっくり立ち去った。

さらに男は背中をむけたまま右手を軽く上げて別れの挨拶をしていた。


少年はその姿から目を離せなかった。

そしてその背中に軽く腰を曲げて礼をした。


少年はノートを返すことすら忘れて暫くその場に立ち尽くしていた。


「私みたいな見ず知らずの若者に、このような恩恵を差し出すとは・・・」


少年にとってその場所は忘れられない場となるに違いなく時間も忘れいつまでも立ち尽くしていた。


    完

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