第11話 不完璧な優しさ
結局、その日は和樹の行方が分からずに終わった。目を覚ますと、
昨日、優奈に言われた、
『冷たいよね』と言う言葉が頭によぎる中、いつも通り朝食の準備をしていた。
洗濯物を干し終わった奈央さんが台所にやって来た。
「疲れてるだろうから休んでてて」
そう言いながら奈央さんはエプロンを着る。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫って言わなくていいよ。自分を騙さないであげて。
カイくんがこの家に来て大体5年ぐらい経つよね。
最初は凄く緊張して、気を遣ってたなぁ。
来たばっかりの時はね。よくあの人と喧嘩したんだ。よその家の子を育てるなんて
無理だって私、反対してたんだ。私はあの人や優奈と違って人を受け入れることが
苦手だから・・・」
奈央さんは鍋を取り出し水を入れ、火をつける。
「でもね、そんな時に優奈が言ったんだ。
『テストで赤点取ったり、かけっこでビリだった時にみんな慰めてくれた。
でもなんか違った。私の事可哀想みたいな感じ。
でも、ママはどんな私を見ても嬉しそうで、抱きしめてくれた。
たまに一緒に泣いてくれた。
カイにもそんな人が居て欲しい・・友達作って楽しそうなカイを見たい。
一緒に遊びたい』
それを聞いて思ったんだ。カイ君のことを大切に思っている人がいる事を知って欲しいって。そう言う人になりたいって」
「奈央さん・・・」
「おはよー」眠そうな裕二さんがリビングに入って来た。
僕の肩に手をポンっと置いた。
「思春期の娘を起こしに行くのは父親としてちときつい。お供してくれ」
「あとは任せて。あの人のお供頼めるかしら」
「はい。任せてください」僕と裕二さんは優奈の部屋のドアをノックする。
すると、疲れ果てた顔の優奈が出てきた。もう着替えは済ませている。
裕二さんは優奈に言った。
「和樹君のことが心配なのはみんな同じだ。もし、もう会えなかったとしても
和樹君との思い出は決して消えない。優奈が幸せである限りはな。
それにそんな顔してると和樹君に可愛いと思ってもらえなくなるぞ」
「はっ・・なんで?そのことを」
「こんなんでも父親ですから。世界一の美女を口説き落としたし」
「このヤローーっ」優奈が裕二さんに突進し裕二さんはノックアウトした。
その後も猫背になって腰をさすっていた。
優奈は僕の顔を一瞬見ると、目を逸らしながら階段を降りて行った。
朝ご飯をみんなで食べた後、優奈はすぐに支度を済ませ、家を出た。
クラスも違うし今日の会話は無いかもしれない。
僕はいつも通りの時間に家を出た。昨日の和樹と未来との待ち合わせ場所の前を
通ると、今までのことが幻のように思えた。
教室に入ると、2日目なのもあってか席を立って雑談をしている人が増えて来たように思える。
そんな中、未来が話しかけてくる。
「思ったより元気そうで良かった。ほら、色々あったし」
「みんなのお陰だ。こうして居られるのは・・・」
「主人公みたいだね、そのセリフ。カイは強いよ。私は昨日の事ずっと後悔してる。
もっと早く支度を済まして、和樹と行ってれば・・・って」
未来の声が弱く小さくなっている。思うところがあったのか・・・
「それは僕も一緒だ。というか寝坊じゃなかったのか?」
「寝坊じゃないよ。高校生活1日目なんだから気合い入るでしょ。普通。察してよ鈍感」
「いや、だって、和樹が朝弱いって未来のこと言ってたし・・・」
「和樹ったら・・・和樹のセリフの8割は思い込みか誤解によって作られたウソだから。中学時代に裏で『聞かず樹』なんて言われてたんだから。昔のピアノは足で弾くものだったとか、シマウマは鹿の進化とか・・・まぁ鈍カイは知らなかっただろうけど・・・」
「えっ・・・僕、鈍カイって言われてたのか?」
「うん。二人合わせて会話の鈍樹って言われてたよ。ドンマイ」未来が屈託のない笑顔で答えた。いつもの未来に戻った。
「和樹がいなくなったのもウソだったら良かったのに」僕に聞こえるか微妙な声量で
未来は呟いて自分の席に戻って行った。
昨日の夜、情報整理する為メモに書いたものを見返していると、優奈が教室に入って来て、僕の机にメモを置いて去って行った。
『話したいことがあるから昼休み音楽室裏のベンチに集合』
とだけ書かれていた。
霧谷未来はラブコメの1シーンを見ている気分になった。
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