第7話
私は、本当にお義母さんが好きだった。アメリカからあの山奥の旅館に来て、女将業を務めるのは本当に大変だった。だけど彼女は、健作さんが、私と聖を連れて帰った時に、歓迎してくれた。
「良く来たわね、これから一緒に仕事をしましょう。私が、英語を覚えるより、あなたの方が若いから日本語を少しずつ覚えてね、私も少しずつだけど頑張って英語を話せるようになるから」
その時はまだ、健作さんが通訳してくれたけど、少しずつ私にできることを探してくれたからできることが多くなるのが嬉しくて頑張れた。
「できないことをする必要はないよ。できることを積み重ねていく方が早く覚えるから、これは健作の父親がいつも私に言ってくれた言葉だよ。だから、始めから沢山のことをこなさないで良いから、少しずつ覚えてね」
私が、少し仕事がわかるようになって、焦っていた時によく言ってくれた。今、新しいスタッフが入って来た時に私も良く言っている。義母の言葉は、新人の私に優しく寄り添って染み込んでいく。だから、新しいスタッフができそうなことを用意するのは先輩の勤めだと先輩スタッフにも声をかけている。
日本人だからアメリカ人だからと言う垣根を義母は持っていなかったと思う。素直に義母に近づきたいと思った。
健作さんが、良く私に優しい笑顔でふざけて言っていた。
「君は僕より母が好きだろう?妬けるぐらいだよ」
「そんなことで、嫉妬なんてしないでよ。お義母さんは家族だよ」
「そうだな、君と母が仲良くしてくれたおかげで、国際結婚というハードルを乗り越えられて嬉しいんだ」
「お義母さんが、優しく迎えてくれて、健介が、愛してくれるから私は、日本にいられる」
あぁ、又涙が出てくる。やっぱり一度婦人科医を尋ねた方がいいかもしれないなぁ。『更年期だね』と言われるのか、と思うと年をとったなぁと思う。
リックから、日本の東京、名古屋、大阪、福岡、京都など様々な土地での体験の写真を送ってくれた。どれもこれも笑顔のリックで心から友人達と一緒にいて楽しいことがわかる。それを見ながら自分の狭量さに少し笑えた。
お義母さんが、私にとって一番お世話になり、尊敬できる女将さんだった。その人をローモデルするのは当たり前だと思う。それを否定されたので凄く嫌な思いだけが残った。
信頼できる友人の医者に相談してある産婦人科医を尋ねた。彼女は臨床心理学も持っている少し年配の方で、彼女との話は、義母と話していた時の様に穏やかな時間だった。投薬も彼女の夫が日本人の漢方薬剤師で、アメリカでも学位もある人だったので安心して任せられた事も私にはとても安心感を与えてくれた。彼女は、これと言った病名はないと、ただ、今は、躓いた石が大きかったから、転けてしまっただけだよと言ってくれた。
ドクターと母親の話をしていた時に義母が毎日飲んでいた薬も女性が飲むと良い薬だと彼女の夫の薬剤師が言った。私も少し年を取って義母がもう一歩私に近くに来て応援してくれている様な気になりとても楽になった。
何回目の診療日に私の離婚についての話をした。他人に詳しい原因は言った事はない。リリアにも言っていない健作さんの義兄の話を産婦人科医に初めて話した。彼女は、共感もしてくれたが、彼女が一言だけ私に聞いたのは、
「健作さんと彼のお兄さんが、お義兄様を葬った時にあなたは、彼らの心の声を聞こうとしたかしら?彼らも被害者の身内で、加害者を切り捨てる事もできたはず、だけど、養子先からも拒絶されたお義兄様を彼らが見捨ててしまったら彼は、無縁仏になって彷徨ってしまうと思ったんだと思う。それではお義兄様は母親の元に戻れないと感じたと私は思う。『罪を憎んで人を憎まず』と言う感情が湧いたのかもしれないわ」
女医は言った。
「それと、彼らは霊山の近くに住んでいる。人は、死んだら仏なんだと思ったはずだよ。それにお義兄様はそれなりに修行もして住職として働いていた方が偶然とは言え母親を殺めてしまった。そして、選りによって自殺という行為を選んでしまった事で、魂が彷徨ってしまう事が一番心苦しい事だったんだと思う。少しでも仏様の近くに早く行ける事を望んだのかもしれないなぁ、精進深く生活していたお義母様がお連れしてくれると考えてもおかしいとは思わない、同じ日本人の僕とすればだが、僕もアメリカに長いから少しはズレているかもしれないがね」
彼女の夫が、日本人としての心情についても話もしてくれた。多分、あの日の私は、多分この2人の話を素直に認める事ができなかっただろう、今はあの当時より年を取った上に、カウセリングを受けて心の整理が進んで余裕が出来た事が一番の原因だと思う。『健作さんに会いたい、謝りたい』深く思うのであった。
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