「電脳世界の切裂魔」

結晶蜘蛛

「電脳世界の切裂魔」


 炊き出しの前に軽く服装をチェック。

 人前に出るのだから、見出しなみはしっかりとしてないとね。

 薄桃色の髪、白を基調としたシャツ、黒いスカート。

 服装に乱れなし。

 肌は白いから荒れないし、目もいつも通り青。

 体調は問題なさそうね。

 うん、今日も快調ね。

 私はにっこりとほほ笑んだ。


 ――実は自分、記憶はありません。

 けれど、覚えてることがあります。


「良いことをしなさい」


 誰がいったかは思い出せないけれど、その声だけは覚えているのです。

 何時いわれたのだろう、優しい明りの中、頭をなでられたような。

 そんな暖かな記憶だけを覚えてる。

 だから今日も私は良いことを頑張るね。



 だから私は教会に住まわせてもらっている。

 技術が発展し、電脳で世界が繋がれても、すべての人間がその恩恵にあずかれるとは限らない。

 技術の発展が早すぎて取り締まりが追いついておらず、また、零れ落ちる人々も珍しくはないの。

 住民一人一人が固有IDを割り振られているはずなんだけど……炊き出しに来る人たちはそれも失った人も多いんじゃいかしら。


「はーい! おじさま、今日も食べていってくださいね」

「お嬢ちゃん、今日も悪いね……」

「いーえ、これも大事なお務めですからね!」

 

 炊き出しで食いつないでいる人もいるから一生懸命しないとね。

 私もちょっと厄介な体質を持ってるから、AIをほとんど使っていない教会で過ごさせてもらえるのはありがたい限りです。

 炊き出しが終わってから教会のお掃除もやらないと……。


「ちょっと……話をいいですか?」


 修道士の一人。

 ウルフカットの緑色の瞳が特徴的な女性。

 彼女はにっこりと笑みを浮かべた。


「はい。 どうかしたのかしらオムニリンクさん」

「あなたにお仕事です……切り裂き魔(リッパー)さん」


 切り裂き魔(リッパー)、とオムニリンクが私を呼ぶということは――影のお仕事の出番ね。



「ひぃ……なんだ、お前は!?」

「う、撃て! とにかく撃て!」



 営利企業をはじめ、様々な事業を行うためには正攻法だけとは限らない。

 非合法な攻撃な仕事にも需要がある。

 破壊、誘拐、殺人――そういう影の仕事の依頼を請け負うのがオムニリンクさんのお仕事だ。

 今回は――誘拐された人の救出だ。



「一つ」

「ひぃ!」


 スマートリンクした銃弾から打ち出された弾丸を、チタンコートで防ぐ。

 ナノ繊維で編み込まれた複数層のコートが銃弾の衝撃を分散し、無効化したわく。

 そして、単分子で作成したモノ分子ブレードが装甲の上から断ち切っていく。


「二つ」

「銃弾を……切った!?」

 

 誘拐された令嬢の救出。

 可及速やかに、とのこと。

 

「おい! お前はこいつを助けに来たのだろう! お前が暴れるとこいつを撃つぞ」

「――――」


 見るとスマートリンクされた拳銃を頭につきつけていたわ。

 私は動きを止めて、そちらを見る。

 男がにやりと笑った。

 私は目を細め、こめかみに力を入れて――頭痛がした。

 ずきりと脳に針を刺されたような痛みを感じる。

 次の瞬間、拳銃のスマートリンクがうごかなくなったのを感じたの。

 私はモノ分子ブレードを駆り、男を切り捨てた。


「おまえ、人質を……」

「大丈夫よーー動かないもの」


 私の特異体質。

 AIが入った機械にさわると、その機械が壊れてしまう体質だ。

 おかげでスマートリンクされた拳銃は使えないし、普通の生活を送るにも困難なの。

 でも、今みたいに意図的に視界の機械を壊すのにも使えるから……一長一短ね。

 そして、社長令嬢を助け、私はオムニリンクさんに引き渡したわ。

 明日も良いことをしないとね。


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「電脳世界の切裂魔」 結晶蜘蛛 @crystal000

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