惜別の時ーそしてその先に
第41話
「壊加、お前が来ると領主の冬樹から聞いた。一緒に来い、患者を診ろ」
「了解です」
ひょい、と兢の芦毛に飛び乗る壊加。
患者の容体は?と兢に耳打ちすると、今日は咳が酷くて息苦しそうでな、熱も下がらない、と告げる。
壊加は即座に、春ちゃん、清ちゃん連れて来て!荷物に医療器具あるから、と告げると兢に先を急ぐように急かす。
春蘭より先に走り出す兢の芦毛に、相変わらず患者を診る目は本物なんだよなぁ、と春蘭も感心した。
「清良、帰って来ないから心配したぞ」
「申し訳ありません!」
荷物持ちご苦労様、と労うと笑顔で春蘭は清良の手を取った。
後ろに乗せると、春華に先に戻る、玉露の容体が急変した、とだけ告げて領主宅へ急ぐ。
その背中を見送りながら、同じ顔してるのに、どうしてあんなにかっこいいのかなぁ、と呟く。
国王様は、男の子だからでしょう、と禄渕も苦笑する。
軽々白馬を乗りこなし、自分より背の高く年上の清良を軽々持ち上げて。
「敵わないなぁ…」
春華は、一息つくと、船を配下に任せて屋敷に向かって駆け出した。
王都に行くまでには私も馬くらい乗れるようにならないと、と息巻く。
私も旅に同行したい、縁様の仕える王様をもっと知りたくなった。
どうしてくれるんだ、この高揚感、と楽しそうな笑顔の生き生きした春華に、禄渕は間髪入れずに追い掛ける。
近いうちに、きっといなくなってしまう自分の女主人に、身分の違いなど気にせず対等に扱ってくれたこの子に、もう会えないのか、と空を仰ぐ。
俺は、平家の小間使い、立場をわきまえろ、と言い聞かせて走るその道をもう、この男勝りのそれでいて可愛いお嬢様とは歩くことさえ敵わない。
その時、初めて禄渕は、何の役職もなく苗字もない自分がいつの間にやら、春華に恋していたことに気が付いた。
恋、と言うには曖昧で、愛というには見えない感情を胸に秘めて、このことは口には出さずに快く送り出そう、と誓う。
「禄渕、帰ったら私は父上に国王様に同行したい旨を伝えようと思う、お前、私についてくる気はないか?」
「俺は平家の下働でしかないですよ、冬樹様がお許しくださいません」
春華は唇を噛み締めた。
足を止めると、後ろを付いてきている禄渕を制して見上げる。
「父上に私が禄渕を従者にと所望してもか」
「お嬢様…本気ですか?俺、お偉いさんの生活習慣も礼儀も分からない貧乏な田舎者です」
知ってるよ、お前のことは私が一番よく知ってるんだ、逆に私のことはお前が一番知ってると思っている、と強い眼差しが有無を言わさなかった。
禄渕が、平家に奉公して十年以上が経つ。
子供だった幼女が大人になるには十分の時間だろう。
平 春華、齢十七。
禄渕、齢二十二。
「俺に決定権はないです、お嬢様が冬樹様を説得してくだされば何処までも俺はあんたの側であんたを守る盾になりますよ」
話はついたな、と春華は、禄渕の胸元を拳で叩くと再び走り出した。
新しい出会いと、新しい世界を生きるためにこの世界を司る王様について行ってみよう。
禄渕は、官位はなくてもいいんだ、身寄りのない自分が役に立てるならどこだって、と思っていたが、春華の役に立つなら願っても無い。
この時、誰も知らなかった。
栄陽に来る前、王都に送り出した楊 義圭の策略と春蘭が不在なのをいい事に、王宮では李 宰相に対する背徳の役人が送り込まれていることに。
盧城を目前にしたこの時に賽は投げられた。
園路、そこは水面下で略奪と暴虐で満ちていたのである。
もちろん、春蘭が見逃すはずもない、当然李 宰相に視察と街の様子と領主宅での料理の食材の出処まで全て詳細に報告済みではあったが、その報告書は李 宰相に渡る前に、記録官として採用された義圭によって破棄されていた。
李 宰相に最大の危機が迫ろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます