第31話

春華に連れられて、領主の家まで来ると、それはそれは盛大な歓迎にあった。

まずは汚れた衣類を取り替えられ風呂に入れられた二人は、本物の春蘭達一行が無事か気になり出した。

本物の、という言い方はおかしいかもしれないが、本当に春華は春蘭にそっくりで顔も髪の色も声も身長も瓜二つ。

二人が入れ替わったらきっと気付きはしないだろう。


「流石に女子だけあって力は弱かったよ…陛下だったら私は負けてただろうな」


「渉は可愛いけど男の子だからねぇ…」


客間に案内されて、寛ぐよう下女達に言い渡されるが、春蘭達を迎えに行った方がいいのでは、と清良は立ち上がる。

部屋を出ようとした時、春華が清良に抱き付いてきた。


「わぉ、春華ちゃん大胆!」


からかう風虎に、清良も満更でもない。

それはそうだろう、顔は好みの春蘭そっくりの挙句に女子だ。

これほど理想の相手はいない。


「すまないが、主人を迎えに行きたい、誰か道案内出来る者を紹介してもらえないか」


「それなら私がしてあげるよ」


そう言うだろうとは思ったが、清良は首を横に振った。

春蘭と同じ顔の春華と長時間一緒にいて何もしない自信がないのである。


「だったら、俺が渉達迎えに行くよ、道知ってるし清さんは春華ちゃんとイチャイチャしてたら?お似合いだしね」


ばいばい、と手を振ると窓からするり、と階下へ飛び降りた風虎を窓際まで清良と春華は追った。


「縁様も飛び降りたり出来るの?」


「まぁ、この程度なら…」


苦笑する清良に、春華は笑顔を向けた。

ああ、やはり似ている、と清良は目を細めた。

自分の気持ちを忍べなくなりつつある清良は、この子を嫁にもらおう、と決めた。

このままでは、主君の春蘭に無体でも強いそうな自分が怖かった。


「あ、そうそう、父上が呼んでるんだ、縁様を」


清良の手を引いてぐいぐい、奥へ引いていく春華に、強引さと男勝りは唯様に似ている、と苦笑した。

確かに剣の腕もありそうだし、気も強そうだけど可愛らしいその小さな手はしっかり握られていた。


応接室に通されると、春蘭そっくりのと言うか春華と瓜二つの顔がもう一人。

陛下がいっぱい、と清良は笑いそうになるのを堪えて平伏した。


「縁殿、国王陛下はご無事か」


「今、共の者が迎えに行っていますゆえ暫しお待ちを」


ワクワク、ウキウキに近い平 冬樹に、清良は眉を寄せた。


「平殿は、陛下と面識が?」


「戦時中にここにも立ち寄られてな、白髪の美しい方だったのぅ…」


懐かしそうに話す冬樹に、白髪の、と聞いて清良は確信した。

この街では、先代陛下が亡くなった事実が伝わっていないことに。


「殿下も大きくなられたのであろうな、いつかはうちの春華を後宮に、と思っているのだが全く声が掛からん。殿下はどのような方なのだ?」


ええ、それ聞くの?あんた達とそっくりの男の子だよ、と清良は声に出さずに顔を引きつらせた。


「父上、私は王宮でのほほんと暮らすひ弱な殿下の妃になどなりたくない、私より強い男でなくては嫌だ、と散々申している!」


声を荒げる春華に、分かっておる、落ち着け、と冬樹は苦笑する。

確かに見た目そっくりなら春華も十五か十六位なのだろう。

そろそろ嫁に行ってもおかしくない年頃だ。


「あの方は寝不足ではあるが、剣の腕は私の比ではないよ…この世界最強だと思うが…」


清良が冷静にそう言うと、拍子ぬけたように春華は座り直した。


「殿下は寝不足と?春華!今夜は寝所を共にしなさい、これはチャンスだ」


「いえ、平殿、お妃様もいらっしゃいますし勘弁してください、私の主人はさほど女子好きでもないので…お妃様ひとりいればそれで十分ですよ」


そも、陛下はお妃様が可愛くて仕方ない溺愛ぶりだ。同じ顔の女子など尚更嫌がるに決まっている。

それにお妃様には稚児が…、心労で流れでもしたら陛下がどうなさるか手に取るように分かるな、と清良は苦笑すると、顔を引き締めて座り直した。


「もし平殿さえ良かったら、春華殿を私の嫁に下さらんか?もちろん今すぐにとは行きません、私も実家の父の意向を確かめねばなりませんし、今は視察で世界を旅する身です。無事に視察が終わってからで良ければ、ですが」


「縁殿の家柄は?」


縁家は、王都屈指の王族、李家に次ぎ名家の家柄だ。

そも清良は春蘭の直属書記官。

さらには春蘭個人の隠密でもある。そして長男でもあり、仕事の面では抜かりもない。


それを聞くと、平 冬樹は、いずれ王都のご実家に挨拶に行かねばならんな、と笑った。

春華が、願ったり叶ったりの嬉しそうな顔をする。

いつもは、デレない春蘭を見ているようで、清良はあの方も私に笑いかけてくれたらいいのに、と苦笑した。

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