第30話
「滅相も無い、陛下にお手を挙げるなど私に出来るわけないですよ」
「そうだよ、怪我したらどうすんの、兢兄貴と一途兄さんは?渉に怪我でもさせたら俺たち殺されちゃうじゃん」
冗談じゃないぞ、と後退りをし始めた清良と風虎に、少年は問答無用、と短剣を手に飛びかかって来た。
嘘だろ、記憶でも無くしたか?と疑心暗鬼のまま、清良は瞬時に避ける。
風虎は、二頭の馬を引いて距離を取った。
なかなか俊敏な動きに清良は、防戦一方。
と、言うよりは少年が春蘭と同じ顔なため、攻撃出来なかったのである。
「逃げてばかりで卑怯だぞ!本気で相手しろ、私が負けたら私はお前のモノだ」
少年の言葉に、清良は、息を整えると、本業の隠密の顔になる。
「どういう事情かは存じませんが後悔しないでくださいね」
清良は、腰に帯びた刀を抜くと、回り込んで間合いを詰めた。
風虎の、清さん、頭上!の声を聞くと、飛び上がった少年を避けて左手で地面に押さえつけ、少年の頬すれすれの右脇に刀を突き立てた。
しっかり押さえ込んだ左手にふくよかなあり得ない感触を得て、清良は、目を見開いた。
「女子?!」
「や、揉むな、馬鹿…」
清良が無意識に確認したその行動に、少年、いや、春蘭そっくりの少女は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
は、っとして清良は、すぐに少女を抱き起こした。
風虎が直ぐに駆け寄ってくる。
「大丈夫?渉、怪我してない?」
「平気だ、荷車丸ごと持って行け」
悔しそうに立ち上がる少女に、風虎が頭を下げる。
清良は、いまだ硬直したまま、初めて触れた女子の胸の感触に戸惑っていた。
ふわふわで柔らかくて…、とんでもない事をしたのでは、と顔を上げると、店の用心棒に睨まれた。
「どこの誰だかしらねぇが、その左手だけは許さねぇ」
ボキボキ骨を鳴らす用心棒に、少女は、凛とした声で静止を掛けた。
「私が挑んで負けたんだ、この者達に罪はない。お前は父上に報告しろ、客人を接待するようにな」
「春華様!」
用心棒は、抵抗を見せるが、急いで馬に乗ると走り去って行く。
家はこの店ではないのか、と清良は首を傾げた。
「で、お前達は誰だ?」
「えー、友達の顔忘れたの?酷くね?」
風虎が眉を寄せると、清良がこの人は国王陛下ではない、そっくりだが、女子だ、と耳打ちする。
「こんな良い男、友達にはおらん。私は栄陽領主、平 冬樹の娘、春華だ」
「憩 風虎。王都から来ました、東栄国王宮で楽師見習いしてる者です」
「縁 清良だ。同じく東栄国王宮で国王陛下の書記官をしている者だ」
風虎と清良の自己紹介に、春華の方が蒼白になった。
父から近々、国王陛下の一行が視察に来るぞ、と話には聞いていたのである。
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