栄陽ー母の遺産

第29話

「殿下、今度はどちらまで?」


「栄陽辺りで様子を見て盧城に行きたいと思います」


翌朝、明朝。

春蘭と一行は出立の支度を整えて馬に跨った。

詠月の見送りに笑顔で返すと、一行は南に旅立つ。

山を越えて、次の街、栄陽へ向かう。

一途、黄、風虎が視察してきてくれたルートで向かう予定だ。


「雨になりますね…」


荷物持ちの黄の声に、嘘だろ、と兢がごねる。

蒸し暑いのは皆が苦手。

道中急ぐか、とみんなを見渡せば、宿の手配に先乗りしましょうか、と清良も気を利かせて進言する。

見上げた空模様が確かに曇天と化していた。


「風虎と清良で先に山越えをして宿を頼む、いつもすまないな」


いいよいいよ、渉の頼みなら、と風虎が笑うと、呼び捨てにするな!、と清良が風虎の頭を叩く。

はは、と春蘭は苦笑しながら気をつけてな、と二人を送り出した。


「黄、山越え大丈夫か?荷物が重いだろう?」


部下を気遣う一途に、春蘭は目を向ける。


「いえ、大丈夫ですよ」


遠慮する黄に、一途が手を出した。

半分よこせ、ということである。

春蘭、兢、唯はそれぞれ咲、玉露、花梨と相乗りしていて荷物を増やせそうもない。

瑠記が、無言で黄の荷物を少し取った。


「あたしも持とう、雨が降ったら尚更重労働だ」


瑠記は荷物を担ぐと、参りましょう、と春蘭に合図を送る。

春蘭は、頷くと一途と黄に先導をさせた。

日が沈む前には栄陽に辿り着かなくてはならない。

咲の腕の中にいる千春が、不安そうにキュンキュン鳴いた。


「鳴かないの、大丈夫よ」


咲は安心させるように千春の背中を撫でる。

お母さんみたい、と春蘭がクスクス笑うと泣き虫なのは陛下と同じですから、と笑う。

華月が、山道に入ると首を捻って暴れ出した。


「華月!どうどう、落ち着け」


何とか振り落とされないよう諌める中、他の兢の芦毛も、唯の黒毛も、瑠記の栗毛も、ジタバタしだす。

黄が、辺りを見渡し、身構えた。


「嵐が来ます、国王様、一途様、皆様も木陰に避難を!」


皆、馬から降りると、木の傘下に逃げ込んだ。

途端に激しい雷と風と雨が同時に轟いた。

咲と花梨が、きゃ、と悲鳴をあげる。


「暫く雨宿りしたいですが木の下は雷が落ちると危ないので…」


「ちょっと先の様子見てきます」


黄が率先して獣道を分け入って行く。

頼もしい限りだ、と春蘭が目を細めれば、一途が此方へ、と古いあばら屋へ案内する。


「昨日の視察で目星はつけておいたのですが、ここは林業の休憩所を兼ねているらしく普段は使ってないそうです」


ずいぶん濡れたな、と雨水を払いながら中へ入る。

馬は、小屋の外に繋いだ。


その頃、山越えをした先方を行く風虎と清良も土砂降りの雨の中、栄陽に辿り着いた。

街に着く頃には雨は止んでいた。

先に何処かで服を借りなきゃな、と苦笑していると、丁度荷積みをしている呉服屋が見えた。


「頼みがあるのだが、服を借りれないだろうか?このままでは風邪を引くのでな…」


清良が声を掛けた小柄な下働きらしき少年を見て、風虎が、馬から飛び降りた。


「渉?どうやって先に来たの?まだ山中だと思ったのに…」


首を傾げる風虎に、何!と清良も少年に目を向けた。


「陛下!?皆はどうしたのです?お一人では危ないじゃないですか!」


蒼白になって慌てる二人に、少年は目を細めた。


「お前達は誰だ」


春蘭に声までそっくりな少年は、春蘭のように笑い掛けてはくれなかった。

不信そうに、店の用心棒に手出しするな、と命じると、清良に手合わせしろ、勝てたら好きな服をやろう、と持ち掛ける。

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