第26話
まさか、何言ってるの、と笑い飛ばす風虎とは別に一同静まり返ると、兢がゆっくり風虎の目の前まで歩いてきた。
「鏡を見ろ、お前の髪も目も顔も俺とそっくりじゃねぇか」
「兢兄貴…だって、兄貴は西栄国の王様の息子って…」
え?え?と、風虎は兢と一途を見比べた。
憩の父と母は、高齢で自分はだいぶ年が経ってからたまたま出来た子だ、と言われて生きてきたのだ。
一途は混乱している風虎の前に座ると、頭を下げた。
「色街に西の王族を置くことは提安陛下の意思じゃなかったのです。それでも、色街にいたらいつか本当の親が迎えにくるかもしれないから、と父、憩 垓要は譲らなかった。貴方を選ぶか、陛下を選ぶか迷った父は貴方を選んだんです、風虎。どうしても手離せなかった、貴方を西栄国の王に預けるわけにはいかなかった、あのままだったらきっと殺されていたでしょう」
「兄さん?意味が分からないよ…俺、誰かに命を狙われてたの?」
きょとん、とする風虎に、兢と春蘭も顔を見合わせた。
西の王に命を狙われていたとすれば、一人しかいない。
「あいつ…」
ぎり、と兢が歯噛みした。
あり得ないだろ、自分が本当は王族の血を継いでいなかったからって弟の命狙うか、それも二人も!俺だけなら未だしも、会ったこともない風虎までか!
戸籍を変えたのも、養子にしたのも、全部憩大臣がいなかったら危うかった事になる。
「何てことを…」
ゆっくり吐き出すように呟く春蘭の手が震えた。
蘭さん、貴方という人は…、茜に染まる空に怒りのやり場のない気持ちが燃え移る。
何も知らない風虎に、弟として受け入れてさえいない売られた子供の命まで狙ってたなんて。
「結 蘭様。西栄国国王、であられた貴方達のお兄様ですよ」
静かに一途がそう言うと、春蘭は目を伏せた。
大好きだった、きっとこの世の誰より好きだった人の名前をこんな形で聞きたくなかった。
一途は、風虎を抱き寄せると、大丈夫、と風虎の背を撫でる。
貴方の本当の父上様は、西栄国国王、結 誂様。母上様は、芸妓見習いの張 美麗様。どちらもお亡くなりだ、と風虎に囁く。
「俺も産みの親は知らないんだよ、知ってるのは兄、蘭を産んだ方の母だ。今は東栄国皇后だけど…離宮にいるよ、産まれた時からずっと育ててくれたのは俺にはこの母上しかいなかったからさ、春蘭に聞くまで俺も知らなかった…」
兢が苦笑しながら、参っちゃうよな、今更そっくりな弟って言われてもね、と頭を掻く。
全然、こいつが母上に懐かないからさー、自分の親、どんだけ毛嫌いされてんの、とか不安だったんだけど、と春蘭に目をやれば、だって…、瑛殿、蘭さんにそっくりなんだもん、と拗ねたように呟く春蘭に、兢は唖然とした。
「はぁぁ?それが理由?マジねぇから!そんなこと言ったらお前なんて初雪叔母さんそっくりじゃん」
「当たり前だろ、母上と私は血繋がってるんだから!」
論点のずれたところでぎゃーぎゃー言い争う春蘭と兢に、一途は苦笑する。
春蘭の母は、遠い海の向こうの黄金がある島国の姫だった。
名は、初雪。
旅商人に扮して貿易交渉に来た黄金の国の使者に同行した世間知らずの無鉄砲。
随分お転婆で、絵を描くのが好きで春蘭のいたずらに手を焼いて、それでもいつも笑って暮らし、五歳から春蘭と共にいる兢も相当可愛がって貰っていた。
この二人の近すぎる関係に、一般人として育った義弟は巻き込みたくないな、と一途は真剣に思った。
「血は繋がらなくてもお前は私の弟だし、父も母も一緒だ。戸籍は憩家の家族なんだ、王族になる必要はないよ。でも、一応身分はあるんだ、礼儀は弁えなさい、陛下も結様もお前の主君だよ」
「えー、友達のままじゃダメ?」
さっぱり意味が分からなそうな風虎に、お前は話を聞いていたのか、と怒鳴りたくなる衝動に駆られた。
父が怒るのも無理ないなぁ、と一途が溜息を吐き出すと、玉露が胃薬お持ちしましょうか、と苦笑する。
いつも胃を痛めて金切り声で怒鳴る兄という存在をよく知っているのである。
「あ、そうだ、夕食が終わったら玉露に代筆頼もうか。劉宝に報告書送らないとね」
「そんなの縁先輩のが字が上手いんだから頼めばいいじゃないですかー」
面倒くさいなぁ、と屋上を後にする玉露に、春蘭は字が汚い子には花梨はあげないよー、と脅す。
卑怯だな、あんた、と睨みつけてくる玉露に、悔しかったら手習い練習しろ、と笑顔を向ける。
春蘭は、咲の手を取ると最後に屋上を出た。
夕日の沈む夕暮れに、咲は、義母上様にも義父上様にも会ってみたかったです、と呟いて足を止める。
春蘭も足を止めると、咲を抱き上げた。
そうだね、出来ることなら私も可愛い咲を紹介したかった、と囁く。
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