第24話

「花梨、いるか?」


女子部屋を覗くと、ぼんやりした咲だけが部屋にぽつん、と寝台に座っていた。

夕暮れの空をぼんやり見上げる姿は、儚げで、その横顔は憂に沈んでいる。


「どうした?具合悪いのか?」


春蘭が隣に行くと、いえ、大丈夫…と元気のない声で振り返る。


「小犬、嫌いだった?」


「いえ、とんでもない、とっても可愛いです、千春、と名付けました」


「いい名だ、私の一字だな」


クスクス笑う春蘭に、咲は真剣な眼差しを向けた。

春蘭が、首をかしげると、私は陛下のことはよく知りません、と顔を背ける。


「ああ、呪職の事か?」


東栄国の歴代国王全てが即位式で貰い受ける異名、それが呪職である。

春蘭の呪職は、千年王。

千年続く天下安寧を願った父の遺言だった。

呪職は、先代の王から直々に授かるしきたりで、他の誰も付けたり変えたりはできない。


「私には荷が重すぎて困ってるんだけどね…、世界がそれを望むならやらねばならない仕事が山積みになるだろう。あまり、ガツガツとは働きたくないけど」


「唯さんに初めて聞きました。その名で呼ぶことは禁止されていることも…」


この国では、名前には魂が宿るという言い伝えがある。

本来、王の名前さえ有事以外は知らない人の方が多いくらいだ。


「ん?咲は私を名前で呼びたいの?」


「だって…唯さんも結様も風虎も兄ですら呼んでるのに私は身内にはなれないのですか…」


プク、と頬を膨らませると、拗ねたように足をバタつかせる。

春蘭はその様子を見ながら、確かに、と微笑んだ。


「咲は臣下ではなく私の妻なのだから好きに呼んでくれて構わないよ?あ、呪職以外でね。流石に千年は駄目だ、劉宝に殺される」


「えー、陛下を殺したりはされませんよ」


冗談で咲は笑い飛ばそうとしたが、春蘭は真顔で首を横に振った。


「あいつはね、私の家臣ではなく、父上の家臣なの。父上が命じたから私の補佐をしているだけで私自身にはきっと忠義はないだろう」


「義父上様はどのような方、だったんでしょうか?」


茜色の空を見上げ、春蘭は窓際まで歩く。

静かに息を吐いた。

一昨年前まで側にいたその強い存在感は鮮明に思い出せる。


「私にとっての父は優しくて強くて美しい綺麗な人、だったよ。仕事をしていた姿は知らないんだ…父上の存命中は私も兢も元服してなくて、劉宝に家庭教師をしてもらいながらも、授業なんてまともに聞いてなかったしね」


「その件でしたら私がお話しできますよ」


部屋の入り口で湯上りの一途と風虎が手を振っている。

お食事が出来るまで、萩 提安陛下のお話をしましょうか、と手招きされた。

静かに話せる場所に、と屋上に向かう。

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