第23話
春蘭は、玉露に背中を流してもらいながら、チラチラ視線を寄越す清良に鬱陶しそうに目を細めた。
「陛下ってやっぱり男の子ですか…」
「残念そうに言うんじゃないよ、本当にもう…昨日だって一緒に温泉浸かっただろ」
心底残念だ、とため息を吐く清良に、兢が桶を投げ付ける。
勿論、寸出のところで綺麗に避けられて桶は石畳に転がった。
「ちっ」
兢の舌打ちが響いた。
玉露が、うわー、不毛な戦い、と苦笑すると、春蘭は深いため息を吐く。
「私が男じゃなかったらこの世界は滅びてるわ、馬鹿者」
「ですよね、それはそれで結隊長辺りと結婚されたら国が大きくなってたかもしれませんが…」
玉露が、名案ですね、と冗談めかしつつ春蘭の背中を洗うと湯で洗い流す。
はい、交代、と今度は春蘭が玉露の背中を洗い出した。
「それだったら、私は兢じゃなくて蘭さん選んでるよ、で、全然愛されずに後宮の奥に幽閉されてるかもね」
「春蘭、兄貴の嫌いは本気じゃないって、まだ…最後の言葉気にしてるのか?」
後ろから桶を拾って戻ってきた兢が背後に立つ気配で、春蘭は振り向いた。
「あの人は本気だったよ、私にお前を取られたのが悔しくてお前を人質にする位だ。結局あの時、私が選んだのは蘭さんじゃなくて兢だっただろ」
「だって、俺が死んだらお前後追いするじゃん」
苦笑すると、兢は、お先ー、と先に脱衣場へ上がって行く。
その様子を玉露は目で追いながら、結隊長愛されてますね、と吹き出す。
「愛してるかどうかは別にして、陛下と結殿の関係はちょっと普通ではないからな、物心着いてからずっと何するのも一緒で本当の兄弟みたいだった…」
湯船から出てきた清良も、昔を思い出しつつ、懐かしそうに言いながら、脱衣場へ上がって行く。
「いいなぁ、俺なんて兄上は鬼上でした…」
しゅん、とする玉露の背中を洗い流すと、玉露の肩を叩いて春蘭は湯船に向かう。
笑いを堪えながら、言い得て妙、と吹き出す。
「確かに劉宝は、私や兢にとっても兄のようだったけど鬼教官だったな、今も超怖い」
「そう言えば、兄上、陛下と結隊長の家庭教師されてたんですよね」
広い湯船に浸かると、あー、気持ち良いー、と春蘭は両足を伸ばした。
「家庭教師の前に養育係時代からの付き合いだ。母上が亡くなって直ぐだよ、叔母上と劉宝に私達は育てられたようなものだな」
「勉強嫌いなお二人がよくあのスパルタ兄に耐えられましたね…」
考えただけで恐ろしくなる。
玉露は、物心付くと兄がよく自宅で、あの馬鹿殿下!とイライラしていたのを思い出す。
家にあった父の趣味の骨董品が兄の沸点で何個割れたか…。
「…他に頼れる者がいなかったんだ…、父上は瑛殿のご機嫌取りばかりしていて、母を失った私の寂しさと空虚感に関心持たれなくて終いには鬱陶しそうに遠ざけられてしまってね…、我慢も忍耐も今より子供の私には出来なくて悪さばかりして劉宝を怒らせてでも構って欲しかった…」
「陛下…寂しかったんですか?」
両親共に玉露に尋常じゃなく甘い李家にとってすれば、春蘭の気持ちを慮る術がない。
寂しい、淋しい、そういう感情はあまりないまま幸せに親にも兄にも愛されてたんだな、と玉露は子供なりに理解する。
「心に穴が開いて埋まらなくてこの世の終わり位に寂しかったよ…、兢がいなかったらきっと私は自害していたかもしれない」
「今は…大丈夫ですか?」
春蘭は微笑むと、小さく頷いた。
今は、咲がいるからね…、と呟くと口まで湯船に浸かる。
その瞬間、脱衣場が賑やかになった。
「あっれー?まだ入ってたんだ?ごめん、一緒していい?」
風虎と黄と一途がぞろぞろ入ってくる。
三人は、先に次の街の偵察に行ってくれていた。
「陛下、上がります?」
「そうだな」
春蘭と玉露は、お先ー、と脱衣場に向かう。
明日は、どこまで行こう?
そうだな、出来たら盧城の手前まで、と春蘭は決意しながら部屋に向かう。
廊下で詠月に呼び止められて手渡されたのは、花梨の女官服。
新品とはいかなかったけど洗って修繕したわ、と微笑む詠月は、やはり何処か父に似ていて、ホッとする。
今や、自分の血のつながりのある家族は、この叔母しかいなかった。
萩 提安には、兄も弟もいなかった。
春蘭の祖父母は、ずっと子供が出来ず、ずいぶん高齢だったのである。
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