第22話
詠月の屋敷に戻る頃には、夕暮れも近くなっていた。
馬ではなく徒歩だったのもあるが、甘えん坊の子犬と遊びながらの楽しい道中、一行は子犬と親しくなってしまった。
「可愛いなぁ、お前ー!名前何にしようかなぁ」
すっかり気に入った兢が子犬を抱き上げると、ぎゅー、と前足で抱きついてくる。
おお、すごい、可愛い、と兢が頬擦りすれば、舌を出して兢のの顔を舐め回す。
もうすっかり皆の愛玩犬に成り果てた頃、屋敷の庭で水遣りをする瑠記と唯が見えた。
「ただいま、変わりはないか?」
「おかえり、皆!お妃ちゃんが退屈すぎて不貞腐れてるよ」
唯の声に、子犬が警戒を露わにして唸る。
瑠記が、随分可愛らしいお土産ですね、と呟くと、咲にだ、可愛いだろう?と春蘭は意気揚々と屋敷の入り口に向かう。
詠月の許可を得て、子犬は庭先に繋がせて貰った。
客間に上がると、咲と花梨が出迎えに出てきた。
「ただいま、お前たちにお土産だ」
早速荷物から花梨宛の冠を差し出すと、花梨が目を輝かせた。
「これを私に?お妃様にではなく?」
嬉々として受け取る様子に、春蘭は苦笑すると、折角貸してくれた衣装をお釈迦にした詫びだ、と花梨の髪に冠を付けてやった。
それを咲が恨めしそうに見ていることに気付くと、咲の手を取り庭先に連れ出す。
先ほどの子犬が、水溜めの水を勢いよく飲んでいた。
「咲には、あの子犬だ。可愛いだろう?」
「私に?まぁ、真っ黒!陛下にそっくりですね」
視察でいない間、私の代わりだ、世話を頼む、と咲の頭を撫でると、子犬が振り向いた。
「お目々が真ん丸です、可愛らしい」
「名前は咲が付けていい、雄だそうだ」
男の子ですか、と笑顔を向けると、咲は子犬に近づいていく。
子犬は子犬で、首を傾げながらちょこんと座った。
「お利口さんだこと」
咲が抱き上げると早速咲の顔をペロペロ舐める様子に、春蘭は微笑むと一緒について来た花梨を見る。
咲の世話を頼む、体調悪そうなら直ぐに視察中でも構わない、瑠記に言って私に知らせてくれ、と花梨の肩を叩くと、廊下の奥で春蘭、風呂ー、と叫ぶ兢の声にそちらに足を運ぶ。
明日には園路を出て次の街へ向かう。
世界は広い、一つの場所には居られない。
去って行く春蘭を振り返りながら、自分は妃にはなれないのだろうな、と花梨は悟った。
この旅に意味など無くなった。それでも裏切りたくない、今は私はお妃様の下女なのだから、と咲に目を向ける。
「お妃様、子犬のお名前決めましたか?」
「うーん、まだ…陛下に似てるので一字戴きたいのだけど…」
庭から水遣りを終えた唯が、わぁ、わんこ、と顔を出した。
咲は、陛下に似てますでしょ、名前迷ってて、と子犬を唯に差し出す。
「だったら、千春にしたら?春君の春の字と、春君の呪職名の千年王からだけど」
「千春ちゃんですか、まぁ可愛らしい」
花梨が、ぴったりですよ、お妃様、と笑顔も向けると、咲は石のように固まっていた。
呪職、なんて知らない。
聞いたことがない。
東栄国で生まれ育った訳ではない咲には、聞き覚えのない言葉だった。
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