殺伐の仔犬

第21話

詠月の屋敷までの帰り道、露天商から小さな子犬が飛び出してきた。


「おお、可愛いな」


キャンキャン鳴きながら春蘭の周りを尻尾を振って走り回る。

愛くるしい顔をした黒い子犬を抱き上げると、店主が慌てた様子で走ってきた。

義佳の顔を見るなり、真っ青になり地べたに頭を擦るほど平伏した。


「申し訳ありません、楊様、うちの商品が無礼を」


「構わぬよ、可愛いではないか、何もしてない子犬は悪くない」


春蘭は、すっかり腕の中に入れた子犬が気に入り、頬擦りする。

店主は、義佳の代わりに応えた春蘭を見上げて、こちらの方々は?と義佳に尋ねる。


「乾様のご親戚です。立ちなさい、私は貴方の主人ではないし本当に気にしなくていいんだ」


義佳が、店主に手を差し伸べると露天から他に2匹焦げ茶の子犬も走ってくる。

黒い子犬よりもふた回りくらい小さかった。

キャンキャン鳴きながらぴょんぴょん飛び跳ねる様子に、春蘭は黒い子犬を迎えに来たのか、と気付く。

黒い子犬を降ろしてやると三匹は楽しそうに、追いかけ回し始めた。


「垂れ耳の犬か。可愛いな…兄弟みたいだね」


「はい、同じ親から産まれたのですがこの黒いのだけ大きく人気がなくて買い手がつかないのです」


春蘭はしゃがみ込むと黒い子犬の頭を撫でた。

全身真っ黒、同じ親から産まれても疎まれた子犬が、自分と重なった。


「よし、私が飼おう。幾らだ?」


「え、滅相も無い、貴族様の飼うような動物ではありませんから」


獣など、飼わぬ方が、と戸惑う店主に春蘭は無言で子犬を抱き上げると懐から花梨への贈り物の三倍の金額を出した。

ほう、と兢が目を細める。

玉露も、ああ、そういうことか、と苦笑すると、納得する。


「え、足りない?この子そんなに高いの?」


なかなか受け取らない店主に、参ったな、手持ちは今はこれしかないんだけど、と一行を見渡すと、義佳が、これで十分です、と三分の一の金額だけ春蘭の手から取ると、籠と餌入れと餌も付けてくれ、と店主に頼む。

こんな大金戴けません、と首を振る店主にいいから、貰っておきなさい、あの子犬は誰より幸せになるよ、と囁くと、唯今、と露天に走って行く。


春蘭は、子犬がきゅーん、と寂しそうに鳴くため苦笑しながら他の二匹も連れて露天に向かう。

子犬が沢山籠に入って並んでいるのが見える。

黒い子はこの子だけだった。


「お前が一番可愛いよ、そうだ、名前を決めよう!」


「名前かー、泣き虫だからなぁ、チビだし…」


兢がちらり、と春蘭を見れば、じろ、と睨みあげられる。

腕の中にの子犬は、キャンキャン鳴く。


「そもそも雄ですか、雌ですか?」


清良が、首をかしげると、雄ですよ、と店主が一言言いながら一式揃えて持って来てくれた。

兢が一式を受け取ると、店主は申し訳なさそうに眉を下げた。


「本当に黒い子犬で宜しいのでしょうか?貴族様はご存知ないと思われますが、今の国王様に因んで国民は黒い生き物を飼うのを嫌がります、国王様を飼うなど以ての外、と皆が口を揃えて言うのです」


「ああ、そういうことか。なら、気にしなくていいの、尚更この子がいい、私が飼わねばならんようだからね」


春蘭は、機嫌を良くして笑顔を店主に向けると、私がこの国の国王だ、安心しろ、と肩を叩くと、帰路に向け足を進めた。

店主は開いた口が塞がらない様子で、声にならない動揺を義佳に視線で向けた。


「東栄国国王、渉 春蘭様です、間違いありませんよ」


義佳が、去り際にそう店主に告げると、店主は手を合わせて遠去かる春蘭の背に深く敬礼した。

あの子犬はきっと誰より幸せになるよ、と義佳の言葉が耳から離れない。

幻でも見たかのような店主に、他の店の店主があの黒い犬、どうしたんだ?と聞きに来る。


「あいつは世界一幸せになるために旅に出たんだ」


握った紙幣を綺麗に伸ばすと、店主は家宝にせねば、と店の奥にしまい込む。

幸せな子犬の未来を信じて景気良く再び旅人に他の犬を勧めるため商売に戻った。

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